2019元旦紙面の1面トップ、そして年明け直後の一報

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2019年元旦紙面でスクープした朝日と、スクープしたかもしれなかった産経

明けましておめでとうございます。本年も当サイトをよろしくお願いいたします。

遅くなりましたが元旦の新聞収集レポートをお届けします。1面トップと、年明け直後に入ったニュースの掲載状況をまとめます。

慌ただしい年明けだった

元旦紙面はまさしく新聞にとっては巻頭言。大型連載を始めたり、巻頭言として論説記事を大きく載せたり、そして華々しく特大スクープを放ったりと、新聞社にとっても特別な位置付けの紙面です。

さらに今年は年明け早々、大きなニュースが入りました。NHKが「ゆく年くる年」放送中の午前0時5分「皇位継承に伴う新元号 4月1日公表へ 安倍首相方針固める」のテロップ速報。さらに同35分にはNHKのニュース・防災アプリで「東京渋谷区で走行中の車が事故 少なくとも6人けがの情報 東京消防庁」の速報を流れました。これらの掲載状況も気になるところです。

今回は入手したのは、

  • 堺の自宅、最寄りコンビニで朝日14版、毎日13版、読売13S、日経13版、産経14版
  • 大阪駅前高速バスターミナルのファミリーマートで毎日14版、読売14版、日経14版、産経15版
  • 神戸・元町のファミリーマートで朝日13版、神戸14版
  • 大阪・堺筋本町のセブン─イレブンで読売14版●

です。読売が最終版の追っ掛けを取っています。また堺の最寄りコンビニの日経では普段14版なのでイレギュラーな態勢だったようです。

なお以降、13版(読売は13S、産経は14版)を「中版」、14版(産経は15版)を「遅版」、読売14版●を「追っ掛け」と呼ぶことにします。

各紙1面トップは

まず1面トップを中版から見てみましょう。

トップを雑報(ニュース記事)にしたのは朝日、読売、産経、神戸。毎日と日経は企画記事です。

朝日は「昭和天皇 直筆原稿252首」。昭和天皇が晩年に御製(和歌)の推敲で使ったとみられる原稿が見つかったとの記事です。まとまった状態で直筆文書が公になるのは初めてで、昭和天皇実録に未掲載の歌も211首含まれており、元旦にふさわしいスクープと言えます。

題字下の通常ニュースインデックスに当たる部分には「『平成』4月末で幕」という短い記事で、今年の代替わりに関する行事を概説。2019年が代替わりの1年となることを象徴する紙面です。

読売は「インフラ機密 国内厳守」。政府が4月にも重要インフラ関連企業に、主要電子データを国内サーバーで保管するよう要請する方針を固めたとの内容。

産経は「新元号 4月1日公表」。さらに早い版を見てみないと確たることは言えませんが、慌てて突っ込むにしては原稿の行数も少なくなく、さらに決定理由にウィンドウズの更新が間に合わないことなど独自の情報を書いていることから、産経も特ダネとして用意していたのではないかと思います。

毎日は連載「平成という時代」第3部「変化」の第1回。外国人の親を持つ「ハーフ」の人たちの軌跡を通じて、平成を価値観多様化途上の時代と位置付けているようです。最近は両親が日本人を通常とし、外国人の親を持ったことで日本人の血を「半分しか持っていない」とする価値観を批判する意味で、新たに「ダブル」と呼ぶ動きもあるようですが、初出はカギカッコ付きにする配慮をした上でハーフを使っています。

日経は連載「新幸福論 Tech 2050」第1回。人工脳の開発をはじめとするテクノロジーの発達で、人間と機械の境界があいまいになる社会を構想する内容です。

遅版で何が差し替わったか

では年明け直後のニュースを受けて、遅版でどのように差し替わったのか見てみます。

まず新元号に関する記事。

毎日は1面トップを見出し5段で「新元号 4月1日公表へ」に差し替え。記事本文は5段×4行分、3段落しかない短い記事ですが、なんとか突っ込んだ様子。年末を迎えた西日本豪雨の被災地、岡山・真備町仮設住宅の写真ニュースを2社面の関連記事と統合させてスペースを確保しています。

日経は1面カタ準トップに見出し4段で「新元号 4月1日公表へ」。もともとの「東南ア環境都市へ協力」を短縮の上3番手に落としました。

朝日は3面右下に見出し4段で「新元号 4月1日に交付へ」を突っ込みました。

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読売の2社面。左から13S、14版(この面は14版●)、14版●(この面は14版●●)

読売は掲載がなく、追っ掛けでカタに見出し4段で「新元号4月1日公表」を掲載しました。8行×4段分です。1面3番手の「双葉山と名優 結んだ手紙」を2社面に移し、さらに2社面にあった関連記事をスポーツ面に移す作業を経ています。

次に東京・竹下通りで起きた自動車事故(のちに故意の事件と判明)について。

読売は2社面(「14版●」)右下に黒ベタ見出し2段「車逆走6人はねる 渋谷」。本文は4行×2段分で、一報のみです。追っ掛けでは同面(「14版●●」)同位置で見出しが「車逆走8人はねる 原宿」に差し替わり、本文は5行×2段分。

他5紙は掲載がありませんでした。

神戸新聞

早版を入手していない神戸についても触れておきます。

1面トップ「次代へ平成最後の新年」の共同電。今年の皇室の予定をまとめたような内容で。関連の共同電「新元号、4月に事前公表」を添えていますが、こちらはあくまでも「4月」で、NHK速報前に争点となっていた「1日」なのか「中旬」なのかについては踏み込んでおらず、これもそれまでの報道をまとめた内容となっています。

2社面は「15版」になっていますが、新元号の速報や竹下通り事故のニュースは載っていません。これは右上の「いい年願い 平成ラストの初詣」の記事を載せる差し替えとして作った版でしょう。写真は湊川神社の初詣客で1日午前0時撮影になっています。

どうした? まだ君を愛する者がいるんだぞ

 決して真面目なリスナーではなかった。どれくらい熱心に番組を聴いているかといえば、まあ大したことはない。最初に聴いたのが金曜24時台だった2015年で、ちゃんと聴くようになったのは日曜20時台に移る直前の2017年冬くらい? といっても毎週聴くわけではなく、大体オンタイムで聴ける時か、なんとなく聴こうかなという時でしかなかった。

 明確に、この番組、もしかしてすごい番組なんじゃないかと実感できたのは2017年5月21日「ソウルBAR〈菊〉」。古谷有美アナウンサーとのコラボによる歌詞朗読で完全に、ただものじゃないぞと気付いた。2年前から番組の存在を知っていたにもかかわらず今更すぎる。それくらい熱心なリスナーではなかった。

 それからいろいろと調べると、神回と呼ばれる伝説の放送というのがいくらかあるのを知った。やんごとなき手段を用いてそれらを聴いた。そしてもっとちゃんと聴くべきだったと後悔を強めた。幸いやんごとなき手段は、極めて網羅的に使えるものだった。

 こんなところで書かなくても、他の優秀なリスナーが、神回はこれだと指南してくれている。放送初回のTwo Kitesとアンニュイ・エレクトリーク。第1シーズン最後の「三月の水」。2016年3月11日の「三月の水」。近田春夫「人間誰でも一日に1回は自殺したいと思う」という名言(あと「麦とホップ」「セブン-イレブンの野菜スティックは角が立っている」も)。川勝正幸追悼特集。吉田沙良出演コント回などなど。

 ただ、僕の音楽観の礎ともなった回はやはり、2014年8月29日(それは僕の19歳の誕生日だったのだが)の「ソウルBAR〈菊〉」だ。2018年2月24日のベスト・オブ・ベスト「ソウルBAR〈菊〉」で紹介された椎名純平「世界」の初回紹介時を聴こうと思って、またまたやんごとなき手段で聴いたものだった。

 「生きる事は、そんなに、巷間言われる程辛い事なのだろうか? あなたが今抱えている問題は、両手で揺らす事すら難しい、特殊な合金の巨大な塊の様なものだろうか?」

 当時の僕は(それは今もそうなのだけど)、生きづらさをかなり強めに感じていた。その前口上がストレートに刺さる、そんな状態だった。菊地成孔は、音楽は治癒効果から逃げられないと言った。その証明に流したのは、僕がもう何度となく聴いて、食傷気味で、もはや新たな感動は得られないだろうと思っていた曲だった。

 山下達郎「SPARKLE」が流れた瞬間、胸が高鳴って、身体中を血液が流れているのを感じた。

 僕はそれまで、音楽に救われたという経験はあっても、それでも音楽にどこか懐疑的だった。もうSPARKLEに感動はしないと思っていたから。

 見事に考えが甘かった。

 「常にフレッシュでいること。それが福音の第一番だ。フレッシュでいる限り、人間は自滅しない」

 将来への不安とか、過去への断ち切れぬ後悔とか、他者への恐怖とか、そういうものがないまぜになって、どうかしていたと思う。今もたまにどうかしている。そんなときには必ず「常にフレッシュでいること」ということばを思い出す。音楽は確かに治癒効果から逃げられない。

 それからも毎週欠かさず聴くような信心深いリスナーではなかった。過去の放送と今の放送を行ったり来たりながら、気ままに夜電波を楽しんでいた。

 DC/PRG、ものんくる、スパンク・ハッピーとの出会いは、多分この番組がなければなかったと思う。厳密に言えば、Session-22を聴いているからDCPRGの曲は知っているのだけど、そういうことじゃないのは説明しなくてもいいよね。

 そして菊地成孔の手によるものでなくとも、トム・ジョビン、アース、チャーリー・パーカー、マイルスらをはじめとする音楽に出会えた。それは本当にいい湯加減で粋な出会いだった。

 相変わらず熱心でないリスナーだった僕は、「菊地成孔の粋な夜電波打ち切り」の報を、夜が明けてから知った。

 本当に文化的損失だと思う。これから来るべき、音楽が求められる社会に、電波を通じて音楽の治癒効果を引き出す菊地成孔トークを聴くことができないのは、本当に社会の損失である。

 だからこそ、打ち切られる本人に言われてしまうなら、リスナーとしては同じように声を上げて言うしかない。「マジで言うけれど、頑張れよTBS」「どうした? まだ君を愛する者がいるんだぞ」

 菊地さん、本当にありがとう。これからも追い掛けます。

2018年読んで良かった本

 卒論関係の単純作業が大幅に積み残っており、これから年内、積ん読本を消化する余裕はなさそう。今年の読了冊数は58。週1冊ペースくらいなのでそんなに多いわけではないけれど、1日の平均読書時間ゼロの大学生が半数を超える時代なので、少ないわけでもないのかね。報道サークル現役だった昨年は31冊だったので2倍弱。

 読んで良かった本を列挙しておく。

 経済学部生でありながら怠惰を極めているために、経済学の意義みたいなものをぱっと言語化しにくいところがある。それは今も相変わらずなのだが、少しは補助線的なものを持つのに役立ったと思う。競争社会によって自らの特性を認識できるという話が印象的。

 初詣という文化は今でこそ当然視されているが、ここまで定着したのは鉄道ができてからだという話。いま「伝統」的なものとして言われるもののうちには、明治以降に生まれたり普及したりしたものも結構あるが、初詣も実はそうらしい。
 本書では他にも例えば節分についても触れられている。日中開戦後は娯楽自粛モードが広がり、社寺参詣も戦勝祈願を名目にしにくい非国家的・現世利益祈願の行事はやりにくくなったらしく、さらに総力戦体制下で物資消費が必要になるものもしづらくなった。その最たるものが節分だったらしい。面白いのは、鉄道は広告で社寺参詣をすすめて鉄道利用を促すのだけど、先の事情から節分行事が難しくなるので無理矢理時局に適合させようとする動きがあって、京阪電鉄が広告で「外敵膺懲(おにはそと)挙国一致(ふくはうち)」。苦しい(笑)。

 複式簿記が誕生する過程など。会計というものにみじんも興味もなかったのだが、なるほどよくできた仕組みだなと思い、今年は簿記検定まで受けてしまった。最後に書かれているが、説明責任の名目で企業に求められることがどんどん拡大化するなかで会計の立ち位置も変わりつつあるらしく、筆者はそれに異議申し立てをしている。

 基本的には遺族がJR西と、責任追及よりも再発防止を主眼に対峙するストーリーで、主人公の遺族は大学の先輩に当たるようだ。もちろんこのストーリーも面白いのだが、その背景にJRが背負ってきた、労働組合との関係性に関する記述には考えさせられた。悪いことは全て労組のせいで従業員がたるんでいるからだ、だからしごかねばならない、という発想。そういえばつい最近も、技術職員を新幹線が猛スピードで通過する模様を間際で体感させるというパワハラ的研修のニュースが流れた。この本が出たときには新幹線台車亀裂のアクシデントもあった。全くもって終わった話ではない。

だまされないための「韓国」 あの国を理解する「困難」と「重み」

だまされないための「韓国」 あの国を理解する「困難」と「重み」

 カバーがいかにも嫌韓本みたいな感じなので手に取るのがちょっと躊躇されるが、内容は全く穏当なもの。朝鮮半島研究の第一人者である浅羽、木村の対談は、むしろ研究者としての姿勢はどうあるべきかという根本的な問いへの回答にもなっている。

生きるとか死ぬとか父親とか

生きるとか死ぬとか父親とか

 ウケたのは空襲で焼けたナスを焼きナスだと言って食べたという父親のエピソード。笑い話なのだけど、でもれっきとした一市民の戦争体験である。

 この本のおかげで、開幕前あれだけ陰鬱なムードが漂ったワールドカップ(の日本戦)も見る気になった。ハリルの戦略が日本代表がこれまでたどってきた歴史の中にちゃんと位置付けることができるということを、分かりやすく解説してくれた比類なき書。最後の霜田インタビューだけでも読む価値大。

どもる体 (シリーズ ケアをひらく)

どもる体 (シリーズ ケアをひらく)

 しゃべろうとすると最初の言葉を連発してしまう「連発」型の吃音は、意志に身体が勝っている状況で、逆に言うと身体に任せた状態になっているので本人にとっては気持ちがいい場合もある。だけど周りに適応して「難発」型になると、恥ずかしさは減るけれど身体に抗うのでしんどい。こういうことってよくあるよねと思う。僕はアトピーにおける「かゆみ」で同様のことを幾度となく経験している。

知性は死なない 平成の鬱をこえて

知性は死なない 平成の鬱をこえて

 今年自分の中で最も響いた本かも。何度も手に取って読み返している。うつ病によって学者であるための能力を失った著者が、治療の過程で、<能力は私有できず、能力の本質は他者と共存していくことにある>という結論に至る様は感動的で、普段本を読んで泣くことがない僕が、電車の中で涙を流したのを覚えている。

経済数学の直観的方法 マクロ経済学編 (ブルーバックス)

経済数学の直観的方法 マクロ経済学編 (ブルーバックス)

 経済学部生はとりあえず一通り読むといいです。なるほどあれってこういうことだったのか、ということが結構出てきます。我が大学でも複数の先生が参考文献に挙げている本なので、眉唾本の類いでないことは確実でしょう。

 北方領土をめぐる漁業の現実に関しては特に興味深く読んだ。「国に裏切られた」という思いを持つ漁民が、日ソの当局に両にらみの格好で魚を捕る生々しさ。

日本代表とMr.Children

日本代表とMr.Children

 ミスチルはどうも肌に合わないというか、自分には向けられていない類いの音楽だという感じがして敬遠しがちだったこともあり、これほど日本サッカー界と双方向の行き来があったとは思わなかった。僕の少し上の世代はミスチルで育ったようなもの。異色の平成論とも言うべき対談です。

日本語とジャーナリズム (犀の教室)

日本語とジャーナリズム (犀の教室)

 日本語という言語は果たしてジャーナリズムにたえうる言語なのかということを考察した書。別に日本語特有の問題じゃないんじゃないの、という疑念は最後まで消えなかったけれど、小説体を取ることによるジャーナリズムの可能性など、へえそういう手があるのか、みたいなところは多々あり、参考にはなる。なによりジャーナリズムが、自らの道具たる言語を相対化して見ることは極めて大事。

「本丸」は金商法違反か特別背任か ──ゴーン氏3度目逮捕、各紙の見立て

 日産自動車有価証券報告書役員報酬を過少に記載したとして、金融商品取引法(金商法)違反容疑で2度逮捕されたカルロス・ゴーン同社前会長を、東京地検特捜部は21日、今度は特別背任容疑で逮捕しました。今月10日の再逮捕の際に地検が求めた勾留延長請求を裁判所が却下。3度目の逮捕はその翌日でした。

 金商法違反での立件を「形式犯」だとする批判に加えて、長期勾留を問題視する国内外の世論も高まっていた中での今回の動きを巡り、特捜部の「本丸」は金商法違反なのか特別背任なのか、各所で推測が飛び交っています。今回は22日付朝刊の内容を基に、各紙の見立てを記録します。

背任立件は検察も不本意か ──朝日

 伝統的に特捜事件に強いとされ、一連の事件に関して最初に特ダネを放った朝日新聞は、あくまでも本丸は金商法違反だとの姿勢です。

 11月27日付の朝刊記事で朝日は、ゴーン氏が私的な投資の損失を日産に付け替えていた疑いがあり、これを特捜部も把握している模様だと報じています。その上で「特捜部は、ゴーン前会長による会社の「私物化」を示す悪質な行為とみている模様だ」としていました。

 一方で12月13日付の連載「ゴーンショック」では、いわゆる形式犯批判に対し、検察幹部が本丸は特別背任だと言い切っている旨を伝えています。

 証拠を握る検察幹部らの自信は揺るがない。「考え方が古い。役員報酬はガバナンス(企業統治)の核心。潮流に乗った新しい類型の犯罪だ」「背任ができなかったから有報の虚偽記載に逃げたわけではない。目の前にエベレスト(有報の虚偽記載)があるのに富士山(背任)に登るのか?という話だ」

 特別背任容疑での逮捕を受けた22日付の「時時刻刻」でも、やはりこの立場に変わりはないようです。11月19日の最初の逮捕の時に、検察幹部が「事件として立つのはこれだけだ」と年内の捜査終結をにおわせたのに加え、前出の私的損失付け替え疑惑に関する報道の際には検察幹部らは「推定無罪の原則は忘れないように」と話し、立件には消極的な姿勢だったとしています。

 特別背任容疑での立件はあくまでも、裁判所の勾留延長却下を受けた方針転換で、検察にとっても不本意な展開だというのが朝日の見方です。

当初から「私物化」立件狙う? ─読売・産経

 一方で読売と産経は、当初から特捜部の狙いはゴーン氏による会社の「私物化」にあったと見ています。

 読売は3面「スキャナー」で最初の逮捕時のある検察幹部のコメントとして次のように紹介しています。

 「ゴーン被告にとって、日産は自分の『財布』のようなものだ。会社の私物化を象徴する事件をやらなければ意味がない」

 今回の逮捕容疑の損失付け替えは海外子会社を介して行われたとされていますが、特捜部は、証拠隠滅を図られるおそれがあるため内偵段階では海外ルートの捜査は困難と判断。金商法違反で2度逮捕し約40日間の勾留期間を得て、この間に海外ルートの捜査を進め年明けに「私物化」を巡る3度目の逮捕を想定していたというのです。

 それでもやはり勾留却下は検察も驚きや憤りをもって受け止め、何よりもゴーン氏の出国を防ごうと3度目の逮捕に踏み切ったとしています。

 産経は「保釈目前 勝負の『本丸』立件」の見出しを立て、こちらもやはり当初から「実質犯」での立件を模索していたとの趣旨。3度目の逮捕を30日に予定していたとも書いています。

 特捜部は日産の外国人執行役員と、特別背任について司法取引を行ったものの、検察上層部では立証ハードルの高さや海外での事件であることなどから大勢が慎重論に傾き、そこで特捜部は金商法違反容疑での立件とした。これが産経の見る経緯です。

 最初の逮捕後も特捜部は「私物化」立件のための捜査を並行していたといい、また勾留延長は最悪でも27、27日まで認められるとの推測で、年明けに保釈が認められる前の30日の逮捕を目指していたといいます。今回の逮捕前倒しは、保釈されれば今も日産取締役、ルノー会長である立場を使って部下に証拠隠滅や口裏合わせを命じるおそれがあるとの危機感から行われたという検察関係者の見方を紹介しています。

特別背任本丸説に傾きつつもバランス図る ─毎日

 毎日は、特別背任本丸説にやや傾いていますが、読売・産経ほどではないように見えます。

 3面「クローズアップ」では、検察内部で当初、捜査方針を巡って意見が分かれていたと報じています。

 先月の最初の逮捕前。検察内部では、捜査方針を巡って、日産が期待する「会社の私物化」にメスを入れるべきだとの意見と、「有価証券報告書の虚偽記載」から着手すべきだとの意見が存在した。
 最終的に内部文書など「手堅い証拠」が存在する後者で決着した。
 特捜部は「虚偽記載」を2回に分けて40日間捜査した後、「私物化」の立件を探ろうとしていたとみられる。

 さらに元検事の高井康行弁護士の見方として、年明けの特別背任着手説を紹介しています。 

 一方、社会面記事では、確かに見出しや本文に、今回の逮捕を「本丸」と表現した部分もありますが、リードで「『本丸』とも見られていた特別背任による逮捕」としており、あくまでも世間の見立てとしての「本丸」ということでしょう。元特捜検事である山下法相の、形式犯批判に対する事実上の反論も紹介しています。

 それでも今回の逮捕で検察幹部は「安堵」しているとし、「ここまでにたどり着くために慎重かつ必死に捜査してきた。日産が受けた被害は大きく、意義のある事件」と、あくまで特別背任容疑の立件が当初からの目的であったことを示唆しています。

「本丸」使わず ─日経

 日経は22日付朝刊紙面で「本丸」の表現を使いませんでした。

 3面の記事では「これまでの報酬過少記載事件とは構図が一変」「カリスマ経営者の『個人犯罪』の疑いが鮮明になった」と、今回の逮捕を、一連の事件の中でも重大な局面に位置付けました。当初容疑以外の捜査を並行して進めるシナリオを描いていたとしつつも、その選択肢は損失付け替え以外に、自宅の無償提供、姉へのコンサルタント料支払い、家族旅行の費用負担などさまざまにあったと指摘。あくまで「不正行為の中で特捜部が『堅い筋』と判断した」のが今回の逮捕容疑だったとしています。

 日経は他の全国紙に比べて、長期勾留を疑問視する論調が全面に出ています。「検察の捜査もグローバル化と無縁ではない時代」とし、司法の国際的潮流との乖離を強調しました。

検察内部でも意見分かれたか ─共同

 京都、神戸、大阪日日の各紙は共通の記事で、共同電を掲載しているとみられます。共同通信は、今回の逮捕に見いだす価値について検察内部でも意見が分かれている様を描いています。

 総合面記事では、これまで2回の逮捕を「『形式犯』とされる」とし、2回目逮捕分を年末に起訴、身柄勾留のまま年明けに特別背任事件着手という特捜部のシナリオを想定。さまざまにある「公私混同」疑惑も特別背任の立証は困難で、立件可能性が見えたのが今回の損失付け替え疑惑だとし、ある検察幹部が20日夜の時点で「勾留延長が認められなかった場合のシミュレーションは考えてある」と自信ありげに語ったことも明かしています。

 一方で別の幹部は、たまたまゴーン氏が海外にいたために時効が成立しなかった今回の逮捕容疑を「立件の価値があるのか」「これに手を出すのは邪道だ」と批判する別の検察幹部のコメントも紹介。内部で意見対立があることをうかがわせます。この記事で森本宏特捜部長の自らの信念に沿った粘り強い仕事ぶりに定評があるとの人柄を示した上で、社会面記事では「イケイケの特捜部に対し、検察内部で意見の衝突はあったはず」という特捜部OBの見立てにも触れています。

 京都新聞は渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)、元東京地検特捜部長・宗像紀夫弁護士の、神戸新聞は加えて元検事・落合洋司弁護士の談話を載せていますが、いずれも特別背任や業務上横領が「本丸」であるとの見方で一貫しています。

おことわり

 紙面に関する記述はすべて最終版(全国紙は大阪本社発行分)を基にしています。

きょうも生きています #73

 あべのアポロシネマで映画を2本見た。午前中に「来る」、午後に「ボヘミアン・ラプソディ」。以下、ネタバレご容赦。

 

 既に巷間の評判通りで、ホラーというよりはダークコメディー(もちろん残酷描写はあるけれど)。キャスティングが全てハマっていた。イケメンのクズをやらせた時の妻夫木聡は絶品。黒木華小松菜奈を映画作品でしっかり見るのは初めてだったけど魅力的でしっかり感情移入できた。松たか子のマッドな感じもすっかり板に付いている。

 柴田理恵伊集院光が出てるというので、「らじおと」リスナーとしては行かなあかんという動機で見に行ったのだけど、柴田理恵すごい! 霊媒師たちが仕事師としてみんなカッコいいのだけど、松たか子がマッド面の象徴なら柴田理恵は職人的な象徴になっていてとにかく柴田理恵カッコよかった。おそうじ本舗の人とは思えぬ名演。

 伊集院はカメオ出演みたいなポジションだったけど、とても良かった。「踊る大捜査線」とか「かぐや姫の物語」はどうも伊集院感がやや前面に出がちな感じがあってちょっと心配だったけど、今回はとても役にハマっていた。ラジオを聞く限り、全体のストーリーを知った上での演技ではないらしいけど、「休みがちな店員に困る店長」が嫌味ったらしくない形でちゃんと演じられていたのが良かった。

 岡田准一もすさまじかったなあ。一番キャラ付けが難しい役だったの思うのだけど好演。

 まあただストーリーは、巧拙というよりも好き嫌いとして、あまり好きになれない話だったかな。大人が悪いのに子どもに押し付けて……みたいなのは、まあ分かるけど、だからこそ大人をどう社会的に包摂していくかなんじゃないの?と思ってしまう。

 

 ボヘミアン・ラプソディ。当然QUEENをリアルタイムで知ってるわけではないけど、全曲有名なものなので問題なく見られた。「I decide who I am」のセリフで涙が出てしまった。しかしいま20代半ばの世代の少なくない数が、QUEENと言えば犬のおまわりさんだと思うのだけど、ちゃんとボヘミアン・ラプソディとして楽しめた。

 (2018.12.21)