自分のことなんか分かっちゃいないのだ

 大学に友達もいないので、1月に引退した報道サークルの同期連中とは積極的に会う機会を得ている。彼らは僕や院進予定者とは違ってストレートに卒業していくし、就職活動もおおむね好調でほとんどがすでに終えている。モラトリアムのタイムリミットも見えている中で、サークル時代を振り返ることは彼らにもそれなりに感慨あることなのだろう。
 
 先月、後輩も交えながら居酒屋に行った。みんないろいろな話をしたように思うが、僕にとってはサークル時代は後悔の連続なので必然的に語り口が暗くなってしまう。地震後少し気持ちが落ち込むこともあったからか、一言二言ぼやいたのだと思う。自分は当時の役職を全うできなかったと思う、そういう類のことだろう。すると同期は「でもあなたがサポートしてくれなかったら引退まで続けていなかったと思う」と言ってきた。

 これが僕には結構驚きだった。

 確かにその同期は新聞や報道のお作法に詳しいわけではなかったので、僕もいろいろ教えたことはあった。でも僕は先輩や指導役としてはどうしようもない人間で、学ぼうという気がない人間にはいちいち教えようと思えない、そういう悪癖がある。なぜその同期に丁寧に教えたのかといえば、何よりも当人自身がより良い紙面を作ったり、ピンチのときにはなんとか打開できないかと考えたりしようとしていたからだった。僕に限らずサークル内の有識者に、積極的に助言をもらいにいっていたのを覚えている。実際、その同期のサークル部員としての能力の伸びは、同じ学年の中でも群を抜くものがあったと割りと多くの部員が認めているところだ。

 そんな同期の活動のモチベーションの一部に、自分の働きがあったとは思いもよらず、言葉が出なかったように思う。

 その日はなんか恥ずかしくなっちゃってお礼をちゃんと言わなかったような気がして、後日たまたま会った時に改めて謝意を伝えた。

     ◇

 今年上半期に読んだ本の中で最も印象に残っているのが、與那覇潤著「知性は死なない 平成の鬱をこえて」(文藝春秋)である。

 彼はかつて「中国化する日本」などの論考で気鋭の若手歴史学者として注目されていた。僕も予備校時代に講演を聞きに行ったことがある。しかしここ最近メディアへの露出が全くなく、そういえば今は何をされているんだろうと思っていた頃にちょうど、この本の書評記事を見て驚いた。双極性障害(いわゆるそううつ病)を患い、大学教員を辞めていたのだ。「歴史学者廃業記」と題したコラムもインターネットで配信された。

 本の中で彼は、うつの状態の時にいくら脳が命令しても身体がうまく動かない体験と、理性的な言論が通用しにくくなっている世界の現状とを重ね合わせて考えている。このあたりの考察の切り口は、彼が持っていた小気味よさがちゃんと現れていて安心した。

 この本の結論として、社会は、能力を共有しながらも自由や競争を完全には失わないような在り方を目指すべきだとしている。昨今の競争社会では、個に高い能力が求められる。しかしその能力が高く発揮されるのは、能力を個が独占したときではなく、能力が共有されたときなのだというのだ。

 属性や肩書に左右されないデイケアの場で、互いの能力を競い合いつつ、しかし互いに活用しつつ、それぞれが人間として生き生きするようなコミュニケーションが生まれた体験から導かれた結論だ。そもそも能力は独占したくてもできない、なぜなら能力はそれを認める者がいて初めて成立するからだ、という至極当然だけれど現代で忘れられがちな事実を、改めて力強い言葉で教えてくれて、僕は読後に涙した。

     ◇

 大阪大学大竹文雄教授が昨年出した「競争社会の歩き方」(中公新書)では、競争によって各者が自分の強みを見つけ、社会を活性化させることができるとしている。言うまでもなく経済学の基礎中の基礎的な考え方だ。同書でも登場するたとえを引く。

 バスケットボールのスター、マイケル・ジョーダンは野球も得意だったという。一度だけメジャーリーガーへの転身を図るのだが、プロの熾烈な競争社会では勝てず、バスケに専念する。競争によって各者を得意分野への特化に導き、結果一人の強者による他分野の独占を防ぎ、多くの人が活躍の場を得られるようになる、という理屈である。さらに競争がなければ、自分の未知なる長所に気が付きにくくなる。だから競争は肯定されるわけだ。

 実際のところは比較優位に完全準拠した究極の分業化は、さまざまな困難があり実現しないものだけれど、でも経済学が想定する競争社会の意義を知っておくと、競争に敗れたことがすなわち人間としての敗北ということにはならないことがよく分かる。そして、自分のことを自分が一番よく分かっているわけではないことも。

     ◇

 お世辞にも僕のサークル幹部としての振る舞いは、丁寧とは言えないものだった。時に強引に、時に感情的になり、実際付き合ってられないと去って行った部員もいたと思う。余裕のない自分にいら立ち、決別する部員たちの幻影を見ながら自分が情けなく思うことばかりだった。自分の仕事が役に立っているかもしれないという予想はあっても、自分の仕事が他の部員の仕事のモチベーションになっているという予想は全くしていなかった。

 その同期からの言葉をもって自分のサークル幹部としての1年間を全肯定するのは、さすがにおかしいとは思うが、比較的全否定に近かった自意識もまた正しくないのだなと思わせられた。結局僕は、何も分かっていなかった。本当は後学のためにもう少し、具体的に僕の振る舞いの何が良かったのか聞いてみたい思いもあるのだが、ちょっとそれは気持ち悪いので控える。ただ、今は思い込みの誤りに気付かせてくれる友達の存在に感謝するのみである。