あいつの家は6弱じゃないって今更気付く

 報道サークル時代にとてもお世話になった先輩はよく、「場所」に対する特別な感情について考えて何らかの形でアウトプットしていた。浅学の僕には詳しいことは分からないけれど、この前の地震について考えると場所の記憶ってのは確かにあるなあと思う。

 震度6弱の市区が出てきた時、都心直撃とか、サークルで大学新聞を作っていたこともあり大学関係地直撃だな(当該市区には阪大、関大、立命館大などのキャンパスがある)とかいうことを直感的に考えた。その後に当然サークル時代の友人のことを心配するわけだが、真っ先に頭の中に出てきたのは特定の1人だった。

 実を言うとその彼の自宅は北摂地域には違いないが、震度6弱の市区でないことに後で気付いた。当該市区に住んでいる友人はたくさんいるが(その方々へ、すいません)、にもかかわらず烈震地外の彼を先に思い出したのは、よく彼のアパートへサークル連中と訪ねて飲み会をやったからだと思う。

 ワンルームで酒を持ち寄って、どんちゃん騒ぎとは言えない、学生にしては静かな飲み会だった。まだ夜の浅い時間はテレビゲームで盛り上がり(僕は疎いから見てるだけ)、深い時間になると訳のわからないしみったれた話をした。

 他のサークルメンバーの自宅で飲み会が開かれたこともあるが、僕は日程が合わなかったり金がなかったりで参加したことがない。北摂関係の知り合いはサークルメンバーしかいないので、場所の記憶とつながって鮮明に思い出されるのが彼だけだったということになる。地震で本棚やテレビが倒れている様子が想像できたが、本人曰く何の変化もないということである。

 まあ先輩が言っていた文脈の「特別な感情」とは違うとは思うが、僕にとっての「場所への特別な感情」が地震で浮き彫りになった一例である。

 今後北摂地域で天変地異が起きると、やはりしばらくは彼の家を北摂代表として思い出すことになるだろう。そんな形での記憶の蘇りは御免こうむりたいが。