きょうも生きています #44

 ▽秋葉原通り魔事件の死刑囚の弟を友人に持つ共同通信記者の連載を読んだ。単純なストーリーには回収できない、事件後の一人の生と死。記者も思いを背負ってきたんだろうな。読み応えある記事だった。東京新聞6月5、6日付夕刊。

 ▽事件の頃はもう物心もついていたはずだが、当時は事件で何か心の底で何かがうごめく感覚はなかったように思う。東日本大震災のときだって、浴びたり発したりした言葉はただただ上滑りしたような感じだった。ニュースに接して静かに考え込むようになったのは、ここ1、2年のことだと思う。感受性の乏しい思春期だったのか。

 ▽同じ日本語を話しているのに言葉が通じていない感覚をよく体験するようになった。たぶん過去の自分とさえ、もう言葉は共有できない。幸いにして同じ価値観を共にできる友人がいるのだから、関係を絶やさない努力をしていこうと思う。

 (2018.6.12)