また夢ンなるといけねえ

成績不振の大学生が書く、日記とかメディアの話とか。幾度となく開設しては閉鎖してを続けてきた我がブログ遍歴。今度は末永く続くように。

「あなた」は「私」ではない

 元々大学で友達が少なく、インカレの報道サークル出身の同期がみんな就職活動で忙しいと、本当に人と話すことがない。アルバイト先で上司と仕事の合間に少し雑談する程度。自分発信で何かを話すことはまずない。

 で、ツイッターにぐだぐだと書いたり、このブログに何かを書き留めたりすることになる。発し手は僕だけど、受け手は誰か分からない不特定の存在になる。

 しかも僕が受け手になるコミュニケーションも、マス対一が多くなる。誰かから不特定多数に発せられるものの、あまたいる受けての一人として僕が存在する。

 するとどうしても主語や目的語が、大きい、あるいは、抽象的なものになってしまう。

 僕は以前ほどテレビを見なくなってしまったから言葉が「大きい」方はそこまで接していないが、ラジオや音楽など「抽象的な」方は増えていると思う。

 ラジオは「皆さん」ではなく「あなた」に語り掛けるメディアだ。だけどそれは仮想に過ぎない。「あなた」はすなわち「皆さん」だ。でも、そのからくりを知った上でなお「あなた」は私だと思えてしまう。

 遠近感に錯覚が生じて頭の中がぐわんぐわんする。