また夢ンなるといけねえ

成績不振の大学生が書く、日記とかメディアの話とか。幾度となく開設しては閉鎖してを続けてきた我がブログ遍歴。今度は末永く続くように。

引退おめでとう

 「引退おめでとうございます」

 この取材でもう新聞部は引退なんです、と取材で幾度となくお世話になったあるボランティアサークルのOGに告げるとこう言われた。別のOBが「いやいや、おめでとうじゃなくて、お疲れ様でしたやろ」とツッコミを入れ、場が和んだ。

 引退、の後に、おめでとうございます、を足すのは確かに一般的ではないかもしれない。でも僕は、やっと終わったか、という思いだったので「おめでとうございます」がしっくり来た。

 もしかして僕の取材はしんどそうに見えたんだろうか、とも深読みしたが、そんな嫌みを言う人じゃないだろう。

 

 うちの新聞部の顔ぶれは、以前の時代とは違いジャーナリズムを志すような人間が多くはない。しかも担当が特に決まっているわけではなく、大まかにスポーツとそれ以外で分かれているだけ。自ら、この取材を重点的にやるというテーマを持つ者も少ない。だから「何度も顔を合わせ取材してきた相手」がいる部員も少なくなってしまった。

 僕は、懇意な先輩から取材テーマや担当を引き継いだこともあり、阪神・淡路大震災を筆頭にいくつかの取材テーマを持った。だからなじみの取材相手も何人かいた。「記者なら当たり前だろ」とお思いの読者もいるだろう。僕もそう思うけど、残念ながら部の現実はそうではない。

 

 僕はなんとなく、新聞部を引退することの実感は、最後に原稿を書いたり紙面を作ったりするときに生まれるものなのかなと思っていた。確かにその時も感慨はあったけど、さっきのように取材先から言葉を掛けられてハッとした。そうか、僕はもうこの人を取材しないんだ、と。

 

 疲れ切った新聞部の活動だし、二度とやるまいと思う。部の仲間とは今後も会う機会はあるだろうし、部の籍が抜けること自体にそこまで淋しさはなかった。でも取材先との関係に何らかの変容が起こることは、確かにちょっと残念かもと思った。