また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

校閲担当の元日

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

 新聞部校閲担当として元日にテレビを見ながら考えたことをメモします。

 

明治維新

 午前0時15分。新年最初のNHKニュース(総合テレビ、高橋康輔アナウンサー)で安倍首相の年頭所感を報じていた。「ことしが明治元年から150年に当たることに触れ」とあり、あーそうなのかと思った。

 すると約1時間後、テレビ朝日朝まで生テレビ!」内のANNニュース(井澤健太朗アナウンサー)では「今年が明治維新から150年の節目の年であることに触れて」と報じた。

 言われてみれば「明治維新の開始=明治元年」でいいんだろうか。ネットで少し調べた限りでは、五箇条の御誓文発布をもって維新開始とする説が有力らしいので、この等式は間違いではなさそう。

 ところで年頭所感の原文では「本年は、明治維新から、150年の節目の年です」としてある。テレ朝はそのまんま書いたわけだ。一方NHKはやや勇み足気味。だって首相の思う「明治維新」が「明治改元」なのか「五箇条の御誓文発布」なのかは、少なくとも原文からは読めない。NHKはそれまでの取材に基づいて、首相の明治維新観をつかんだということなんだろうか。真相は薮の中である。

 

▽越える?

 TBSテレビ「最強アスリート元日決戦」のモンスターボックス(跳び箱)が好きだ。競技そのものというよりは、段が増えるたびに挿入される短い映像が好きだ。段の高さを分かりやすくイメージしてもらうために、日常の風景にモンスターボックスを置いた映像である。電話ボックスの横に置いたり、京王線の電車が止まっているホームに置いたり、銭湯の洗い場に置いたり。多分「どこに置く?」っていう会議を真面目にやっているんだろうなあと想像すると面白い。

 まあそんな感じで見ていたのだが「18段を越えた」「ケインを越えられるか」などのテロップが出てきて、新聞部校閲担当としてそわそわした。ここでは「超える」を使うべき場面だ。

 「越える」は「越境」「年越し」などから分かるように、時間や場所など領域をまたぐ水平移動のイメージ。「超える」は「超能力」のように、ある数量や程度を上回るイメージ。同番組の例で言えば、モンスターボックスの段数や選手は、難度の基準として提示されているのだから「超える」を使うべきだ。こういうのがいったん気になってしまうと内容がどうでもよくなってくるのがどうも厄介である。

 愚痴ついでにうんちくを言うと、「軍が国境をこえて攻めた」は水平移動だから「越えて」だけど、「国境をこえた愛」は程度が甚だしい愛のことなので「超えた」の方がふさわしい。なかなか奥が深い。

 

▽フロント

 ついにセレッソ大阪天皇杯で優勝した。僕は少年サッカー時代にセレッソのサッカースクールに通っていたこともあった。我が家はガンバを目の敵にして一貫してセレッソを応援し続けてきた。

 優勝は素直にうれしいのだが、天皇杯の残念なところは、朝刊でどれくらいの扱いにするかが難しいこと。2日の朝刊は毎年各紙が一斉に休むし、年末年始は夕刊もない。だから天皇杯は3日の朝刊に載ることになる。しかし2日は箱根駅伝の往路がある。

 新聞の一面を「フロント」と呼ぶが、写真メインの記事(写真ニュース)を載せて、そのニュースのメイン原稿は中面に回す編集手法がある。スポーツや大きな火事、災害などでよく使われる方法だが、フロントに写真ニュースを複数載せることはまずない。

 読売新聞は箱根駅伝だろうから、他紙がどうするか。気になるところだ。

 気になるのはもう一点。見出しに「初V」なり「初優勝」なりを入れるかどうか。セレッソ天皇杯優勝は43大会ぶり4回目だが、過去3回は全て前身のヤンマーディーゼル時代のものでセレッソになってからは初めて。見出しに「初」をとるのは問題ないが、もしかするとルヴァン杯と合わせての「2冠」をとるかも。予想が捗る。