また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

同じ日本語なのに、話す言葉が違うという感覚

 ご存じの通り僕は陰湿で根暗な人間だ。人とのコミュニケーションに関して日々問題を感じている。同じ日本語を喋っているのに、お互いが話している言語がなんとなく違うという感覚が生じる相手が所属する新聞部内ですら複数人いる。いわんや部外をや。念のため言っておくが、方言とかそういう話をしているのではない。言葉の意味はお互い分かる。文章の意味も分かる。なのに何かがすれ違っている。

 新聞部で最新号の発行が終わり、部員同士で感想を述べ合っているのだが、あるコラムに対する評価で「すれ違い」が表れた。自分の平凡さにつまらなさを感じ、就職活動に際して不安に押し潰されそうになるが、前向きに行きたいという内容。原稿の終わりに、前向きな姿勢へと無理に転回しようとしている感じがあって、なぜ前向きになれるのかの担保が文中に見当たらなかった。読んでいてもどかしく、苦しい。僕は厳しいコメントを付けたのだが、肯定的な意見が寄せた部員もいて、うーん、と声が出てしまった。

 今年最もヒットした人文書の一つ「中動態の世界」(國分功一郎著、医学書院)の冒頭に、薬物依存当事者との「対話」で同じような話が出てくる。「世間の人とはしゃべっている言葉が違うのよね」と。同書では依存の苦しみをうまく語れない、語る言葉を当事者が持てない理由を能動―受動の文法の枠組みに求め、解決の糸口を、かつてあった「中動態」という態の謎を解き明かすことから探ろうとしている。

 私は紙面入稿で全ての原稿に目を通す係を今年の1月からやっている。1回の入稿で約100本。これが5回。その度に「すれ違い」に苦しみ、時に苦虫をかみつぶす思いをしたり、ハレーションを起こしたりしてきた。「思いを語った」「輝いた」「夢」。この手のぼんやりとした言葉が登場するたび、なぜこの記者はこんな言葉を平気で書くことができるんだろうと思い続けてきた。

 だけど新聞は1人では作れない。そして1人で作った新聞は絶対に良いものにはならない。取材から編集に至るまで報道は、この「すれ違い」と戦い続ける営みだと、校閲を専門に約1年間活動した今、感じる。

 僕の係の後任はきょう決まる。晴れてレームダックになる。後輩たちにもはぜひこの「すれ違い」とうまく付き合いながら、新聞作りを続けていってほしいと思う。