また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

涙について(1)

 「泣いてる選手にコメント取りに行かなあかんのかな……」

 キャップがつぶやいた。朝から続いた雨はいよいよ本降りになり、試合は七回終了後に中断。キャップと僕は球場三塁側のカメラマン席で、ツイート速報の文を打ち込みながら待機していた。多分雨はやまない。コールドになるだろう。学生野球のリーグ戦。出場する両大学にとってシーズン最後の試合で、すなわち4年にとっては引退試合だ。

 キャップはもう感極まりそうになっていた。プロ、高校、学生、社会人問わず野球を愛する根っからのファンである彼女は、昨年、2年生で入部して以来我が新聞部の野球取材をリードしてきた功労者だ。

 30分ほど経ち、審判団がフィールドに上がってきた。土の状況を確認しているようだ。三塁の向こう側にはもう水たまりができている。南無三だった。

 両チームの選手に集合がかかり整列。「4年生最後の試合ではありますが……」と前置きをして球審コールドゲームを宣言した。

 三塁側には3年ぶりの勝ち点を獲得することが叶わなかった敗者チームが1列に並び、客席へ「ありがとうございました!」と叫ぶ。と同時に一部の選手らが号泣し始めた。僕はとっさに片付けかけていたカメラをつかみ、シャッターを切った。

 コメントを取りにロッカールーム前へ向かう途中、キャップに言った。「泣いてる顔撮っちゃったよ」「私は撮らんかった」「だよな。僕は割り切ってるけど」。写真、多分使われないな、と思った。使わなくていい。でも撮っておかねばと思った。応援要員でしかない僕には、彼ら選手への思い入れはないのだから。

 両チームの監督のコメント取りが終わり、敗者チームの主将に話を聞くべく、控え室の前で立ち、待機していた。多分引退セレモニーみたいなことをやるだろうから、ミーティングルームから選手らが戻ってくるのは時間がかかりそうだとは思っていた。

 「じゃあ泣きはらした後に取材せなあかんのかな……」

 キャップの言葉に、かもな、と答えた。「泣いてる人に取材するのはつらいよな」「そういう経験あるの?」「あるよ。2回かな。どっちも感動の涙だったけどね」

 選手らはなかなか帰ってこなかった。不安になった僕らはミーティングルームがある上階の様子をうかがうことにした。上階には公式スコアがもらえる記者室があって、その入り口の手前側にエントランスがあり、この方向から楽しげな声が聞こえたのでのぞくと、敗者チームの選手やその家族らが集まってレクリエーションめいたことをしていた。

 引退だもんな、と眺めていたら、横でキャップが「はっ」と、もはや声にもならない息の音を漏らした。顔、体全体が硬直して何かに取り憑かれたようだった。「どうしたの」「あれって、もしかして」。よく目を凝らしてみるとそのチーム出身のプロ野球選手が立っていた。母校の試合を見に来ていたということか。

 「彼のおかげで今季の取材頑張れたんだから」。彼女はその選手のファンだった。人数不足と厳しいスケジュールをなんとか調整して取材を続けるのは本当にしんどいと思う。好きで片付くようなレベルの苦労ではないのは傍から見ても分かる。そんな彼女へのご褒美ということなんじゃなかろうかと僕は思った。

 「行ってきてええかな」「どうぞどうぞ。僕は原稿書いとくから」。それでもなかなか決心がつかないようで、選手が帰ろうとしたところでようやく駆けていった。僕はスコアとにらめっこしながら原稿を書いていた。

 戻ってきた彼女は、嗚咽を漏らしていた。選手じゃなくてあんたが泣いてるじゃん、と心の中でツッコみながら、素敵なものを見たなという思いをした。

2017.10.20 05:24 一部修正。