また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

沖縄旅行録=2日目(28日)

 サークルの旅行で8月27日から3泊4日の行程で沖縄を訪ねた。幹事が自由行動の時間を長めに取ってくれたこともあり参加者の中でも多少、訪問地は異なるが、僕は那覇市恩納村北谷町、名護市の4市町村を訪問した。僕の沖縄訪問は初めてである。

 今回は2日目の模様。

ろくじろくじろっくじー

 運営局長が午前5時55分にセットしていたアラームで目を覚ました。正直言って早すぎる起床である。テレビを付けたのだったか付けっぱなしだったのかよく覚えていないが、「NHKニュースおはよう日本」6時台オープニングをオンタイムで見た。恐怖の「ろくじろくじろっくじー」である。正直言って不快である。
 ローカルニュースの確認は放送ファンが旅行先で必ずやることと言っていいだろう。6時半前のLK管中ニュース*1、7時前の沖縄ローカルニュース、ハイライトは7時45分からの「おはよう沖縄」である。関西地域と違って各県ごとに放送し、51分からは管中で「おはよう九州沖縄」となる。特に新たな発見はなかったが、実際にこの目で見ることが大切だ。
 ホテルのバイキング朝食は1500円もするので、ファミリーマートへ。「朝すば」というカップ麺を購入。お湯を入れて10回かき混ぜるだけの簡単すぎる作り方を見て大丈夫なのかと思ったが、あっさり味でなかなかよかった。後で調べたら「すば」は方言で「そば」の意味らしい。新聞ファンとしてタイムスと新報も購入しておいた。
 荷物をまとめて午前9時15分に1階ロビーへ集合。ところが幹事代表の広告局長の部屋のメンバーがなかなか現れない。9時半ごろには借り切ったバスの運転手が到着。運営局長がLINEで電話をかけると「いま起きた」と代表。なんでも1人だけ起きたのでまだ集合時刻になっていないだろうと早合点。時計も見ずにシャワーを浴びてから、寝過ごしたことに気がついたらしい。10分くらい後に4人が登場。社会文化部長の髪ははねていた。
 ようやくバスに乗り北へ。恩納村内にある2泊目のホテルに荷物を置いた。

辺野古

 ここから夜までは自由行動。僕と運営局長は、せっかく沖縄に来たのだからと名護市辺野古キャンプ・シュワブへ向かうことに。社会文化部長と3年の女子部員は、せっかく沖縄に来たのだからと本部町沖縄美ら海水族館へ向かうことに。同じ「せっかく沖縄に」でもやることが全然違うが、バスは途中まで同じ便である。
 世富慶(よふけ)停留所で辺野古組は乗り換えた。ちなみに水族館組はそのまま名護バスターミナルまで行って乗り換えである。途中スコールのような激しい雨が降り、やはり本土とは気候が違うなあと実感。しばらくバスに乗っているとなぜか「次は名護バスターミナル」の案内。逆方向に乗ってしまっていた。あわててスマートフォン辺野古方面へのバスを検索すると、5分後くらいに便が出ることが判明。下車し乗り場に向かおうとすると水族館組と鉢合わせ。事の顛末を素早く説明し、改めて辺野古方面へのバスに乗った。
 途中の停留所に「第2ゲイト」というのがあった。キャンプ・シュワブの入り口のことである。僕らは「辺野古」で下りた。すぐ近くに「辺野古社交街」の看板。「アップルタウン」とも言うらしく、これは軍施政時代に街の発展に努力したアップル中佐の名に由来するらしい。説明書きの碑銘には、県民が米兵と友好的に付き合っていた旨書かれているが、ほんとうなんだろうか。
 ところで社交街は、ほんとうにここに人が集まるのかというくらいさびれていた。日中だから店がやっていないのは分かるが、塗装が剥げどう考えてももはや営業していない建物ばかりが居並んでいた。他に何か産業があるような気配もなく、ただただじりじりとした暑さにやかれるような街だった。海の方へ進んでいくと野球場が。七回までしか書けないスコアボードには「建立 友よ静かに瞑れ撮影記念」と白い墨文字。1985年に映画、89年にドラマ化された北方謙三の小説らしいが、どっちの撮影に使われたのかは分からなかった。

キャンプ・シュワブ

 辺野古停留所に戻り、国道329号沿いを東に歩くとキャンプ・シュワブ前の座り込みデモの現場がある。歩いてみて分かるがアップルタウンを抜けると国道329号沿いには、キャンプ・シュワブ辺野古ダム以外何もない。枝分かれする道もない。反基地で道を封鎖しようものなら、たぶん機動隊はすぐに排除できるのだろう。「この県道を塞ぐと交通が寸断されてしまう」と簡単に理由は言える。
 それが分かっているのだろう。デモ側も「非暴力」を唱えていた。「人間性においては生産者である我々農民の方が軍人に勝っている」という文言には全く支持できなかった。軍人もまた人なりである。彼らと僕らの何が違うというのだろう。
 立て看板によればこの日は座り込み1149日目。節目には大量に動員をかけるのだろうが、この日はそういうことはなく、おそらく普段から通っている人たちしかいなかったのだろう。そういう意味では若い人もちらほらいて、年配者だけじゃないのだなとやや驚きがあった。
 もう一つ基地に行って分かったことは、立ち入り規制があくまでも日本法に基づいて行われていることである。当然のことではあるのだが、基地の入り口には黄色い線が引かれてあって、そのさらに置くに門なりゲートなりがある。近くには看板がかかっていて、黄色い線の内側に入ると日本の国内法に違反する旨が書かれている。「あくまでお前らの決まりだからな」と高圧的な印象を受けるか、「自分たちで決めたことだ」と胸を張るかは人それぞれだろう。
 第2ゲイトのバス停まで歩き、バスを待った。午後2時ごろである。ゲートを出入りする車の中には、日本のものではないナンバープレートを付けている車もあった。

全国共通のちょっと違うところ

 バスで世富慶へ。同じ線に「第二世冨慶」停留所もあるが「富」の字が違う。住所検索すると「冨」が正しいようだ。世富慶停留所からすぐのスーパーで、ドリンクを買った。片栗とよもぎを混ぜたとろみのある飲み物。冷たくて美味しかった。
 近くのマクドナルドでしばし休憩。旅先でわざわざマクドに入るなんて、と思われるかもしれないが、旅先だからこそ全国共通の店の微妙な差異を発見することが面白いのである。時給は700円台後半。沖縄県最低賃金が714円だから「まだマシ」かもしれないが、大阪の繁華街だと1000円を超える店もある時代、沖縄の経済事情の厳しさを垣間見た。スタッフ数はどう考えても足りていなかった。
 いい時間になったので再びバスでホテルへ。途中にまた豪雨があったが、運が良いのか下りる頃には小雨に。すでにチェックインを済ませていたメイン行動班のメンバーらと合流した。

バーベキューからの飲み会

 夕飯はバーベキュースタイル。でもホットプレートみたいなやつでやったので大した火力もなく、やや迫力にかけた。お腹いっぱいにはなった。
 午後9時ごろからは宴会場に場を移して飲み会。例年、畳のある和室でやっていたのだが今回は小さな講堂みたいなスペースだったため、パイプ椅子に座って、テーブルの上のつまみや酒を囲むような形に。どんな体勢で飲むか、というのは宴会の雰囲気に大きく影響を与えるようで、膝を突き合わせるような距離感の近さがなく、あまり盛り上がらなかった。
 午後11時で宴会場が使えなくなるので、そそくさと片付け、部屋飲みへ移行。睡眠組以外の男子はほとんどひと部屋に集まり、女子も一部集まっていたと思う。社会文化部長のテンションが高く、手当たり次第の男に抱きついていた。僕も抱きつかれた。夜が深まると、辛気臭い話もした。みんな頑張って生きてるよなと思った。僕はどうだろう。
 午前4時前に飲み会は終わり、それぞれの部屋に戻って寝ることに。僕は辛気臭い空気をもう少し味わっていたくて、ロビーで音楽を聞きながら過ごすことにした。大きなテレビがあって音量は小さめにしてNHKにチャンネルを合わせ「NHKニュースおはよう日本」を待っていたが、どうやら開始前には寝落ちていたようだ。

*1:NHK福岡放送局発の九州沖縄地方に放送されるニュース