また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

沖縄旅行録=初日(27日)

 サークルの旅行で8月27日から3泊4日の行程で沖縄を訪ねた。幹事が自由行動の時間を長めに取ってくれたこともあり参加者の中でも多少、訪問地は異なるが、僕は那覇市恩納村北谷町、名護市の4市町村を訪問した。僕の沖縄訪問は初めてである。

 今回は1日目の模様。

簡単には集まらない

 朝は西中島の編集室に寄った。旅行のしおりの担当だったので前夜に印刷していたのだが、プリンターのトラブルなどで参加者数分刷り上げられなかったため、その続きをしに行った。ついでに月曜に配信する記事のFAX同報の予約もした。
 作業を終えて御堂筋線北へ。新大阪駅以北に乗るのは久しぶり。千里中央駅で大阪モノレールに乗り換え西へ。モノレールの良さは電車と違って急カーブを作れることだと思っているのだが、柴原ー蛍池のカーブは何度乗っても気持ちがいい。しかも蛍池が終点じゃないのがいい。JR阪和線南海本線の沿線住民だから、カーブは終点の手前というイメージが強いのだ。
 大阪空港駅に到着。階段を降りてICカードのチャージ機へ向かうと、代表と広告局長が花柄のシャツに短パン、薄い色のサングラスの格好をしていてげんなりした。ここはまだ大阪だぞ。時刻は正午すぎ。
 集合時刻の午後0時半が近づきぞろぞろとメンバーが集まってきた。我がサークルの人間は時間管理が下手で、普通は時刻通りに集合できないのだが、さすがに飛行機移動である。2人を除いて時間までに集合した。問題はその2人で、1人は午後1時頃には到着したがあと1人には連絡さえつかなかった。「少し前に携帯電話が故障したはず」ということで幹事がやむを得ずキャンセルを決断。22人で大阪を発った。
 飛行機に乗るのは高校の修学旅行以来。整備点検が長引いたため出発が20分ほど遅れて少し緊張したところに、気流の関係なのか安定飛行になるまで揺れがそこそこあった。高所というよりは、場が安定しない状態が苦手(だからジェットコースターも嫌い)なので顔をしかめ、脂汗をかいてしまった。横の写真担当がその画を押さえたのは言うまでもない。安定飛行になると到着までずっと寝通した。

インキーの期待

 結局出発の遅延時分そのままに、約20分遅れの4時半に那覇空港に到着。修学旅行では荷物預かりサービスを利用しなかったので、例のベルトコンベアーは初体験。2周目でやっと自分のキャリーバッグを見つけた。
 沖縄都市モノレールゆいレール」で2日利用券(購入から48時間乗り放題の乗車券、1400円)を購入して乗車。車内放送では各駅ごとに異なるジングルが流れる。あとで調べたら各曲とも沖縄のわらべうたとのことだが、県庁前駅の「てぃんさぐぬ花」しか知らなかった。
 車窓から見える街は、建物がほとんど鉄筋コンクリート造りで、瓦屋根中心の本土の風景から受ける鬱蒼としたじめじめさがまるでないのが新鮮だった。
 ホテルの最寄りは県庁前駅だったのだが、幹事が勘違いしたため一つ先の美栄橋駅で下車。「モノレールで戻りたい派」と「せっかくだから歩きたい派」に別れてホテルに向かうことになり僕は後者に参加。久茂地川沿いを南西に歩き、県庁前からは県道42号沿いに北東へ。
 途中「大典寺」という浄土真宗本願寺派の寺院の前を通った。こちらも本土とは大きく外観が異なる。建物全体が黄色く塗られていて、高楼に仏像があって外から見えるようになっている。全体的に南アジア風で、朝鮮半島経由のルートとは別の文化伝来を実感させられた。
 ホテルは全国チェーンのビジネスホテル。目の前にファミリーマートがあり沖縄特有の雰囲気みたいなものはなかった。個人旅行ではいつも「泊まらない主義」(夜も何らかの形で移動を続けること)なのでホテルはほとんど使わない。3〜4人ずつに部屋が分かれ、僕は4人班にいた。カードキーを入口近くのホルダーに差すと照明などの電源がつくという仕組みも知らなかった。内線電話でロビーに問い合わせたのがやや恥ずかしかった。が、別の部屋で早速インキーをやらかしたらしく、社会文化部長に「これはインキーにインキー*1を期待」とあおり立てた。さすがにWインキーの実現はなかった。

教養

 一息つくと再びモノレールに乗り首里城へ。急坂をどんどん上っていく。車窓からは「くら寿司」が見え、「寿司食べたい」という元も子もない発言が相次ぐ。予備校や塾もちらほら見え、合格実績が書かれた大きなのぼりに「琉大」の文字を見て、この辺りの受験事情を想像した。やっぱり琉大医学部が地元の華なんだろうか。
 首里駅に着き県道29号を西に歩いて城に到着。途中猫がいた。我がサークルの連中には猫好きが多いが、制作局長が「これが観光客の餌で生きる猫か」と毒づいた。
 午後7時半、入場終了時刻ぎりぎりで城内に入った。中には尚氏ゆかりの遺宝などが展示される。歴代国王の肖像画を見比べて、描き方の変化を楽しんでいたが広告局長は「みんなおんなじやん」と一蹴した。帰り道「農耕民族ではない人たちの間では暦ってどうやって生まれたんだろう」みたいな話を社会文化部長らと喋った記憶があるがなぜそんな話になったかは覚えていない。同部長が「教養ある話ができるメンバーってなかなかおらんよな」と言ってきた。僕は比較的教養のない方である。さすがに「みんなおんなじやん」とは思わんが。
 モノレールで牧志駅へ移動。繁華街「国際通り」で夕飯を食べることに。十数人がステーキ店を希望したが当然そんなキャパはなく、僕と社会文化部長、運営局長、1年のA君の4人は別の店を探すことに。西へ上り、別のステーキ店に入った。
 役職者3人はステーキを、A君はハンバーグを注文。しばし待ちながら談笑。これもどうしてそんな話になったのかは分からないが、報道論みたいな堅い話題になってそこそこ盛り上がった。A君はどうもそういう話が好きらしいが、情報への接し方が、よく言えば最近の若年層の平均的、悪く言えばネットのまとめサイトくらいのクオリティーしかないようで、「社会はそんなに単純じゃない」という話をしたような気がする。
 ステーキはとにかくおいしかった。ナイフとフォークを使うのは初めてだった。他の3人もまるで慣れていなかった。

いか天にオリオンビール

 ホテルに戻る直前、酒とつまみを買いにファミリーマートへ。我がサークルの旅行といえば夜の宴会だが、今回はいつもより1泊多い3泊4日なため、1泊目は全体宴会はなく飲みたい人は個々の部屋で、ということになった。僕はいか天とオリオンビールのロング缶を買った。
 ホテルに大浴場はなく個々の部屋にあるトイレ付きのユニットバスでシャワーを浴びた。このタイプの浴室は初体験。どうやってシャワーを浴びるのが正解なのかよく分からなかったが、何とかやり過ごした。同じ部屋の運営局長に「これ湯船張ってたらどうやって体洗うの」と聞くと、湯船につかった後湯を抜いてシャワーを浴びるらしい。シャワー→湯船の順番を崩すのは抵抗があるが、毎日のことだと慣れちゃうものなんだろうか。
 テレビを付けて缶を開けた。同じ部屋の制作局長はすぐに寝たし、A君は未成年なのでジュースで。結局夕飯時の話の続きになった。「社会はそんなに単純じゃない」ということである。気がつけば眠りに落ちていた。