また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

ワーク・アンド・ライフ・バランスって何だ

 高校1年の時に学生記者として報道に携わり始めてから、もう5年半が過ぎた。
 僕は、報道をやる人間は四六時中報道のことを考えるしかない時期を経験すると思っている。いや、そういう時期を経験しないような記者は、記者としての感性に欠ける。全うに報道をやっていれば、何気ない日々の行動と記者活動が不可分だと自覚したりするはずだと信じている。
 例えば登下校時に掲示板に目をやってネタを探したり、各紙の記事を読むとき細かな表現の差異の理由を考えたり。ネタ探しや表現の追求、取材の糸口は、サークルの活動時間の中にあるとは限らない。それこそ事件は編集室ではなく現場で起きているのだから。
 日々の生活が記者活動と不可分であることは、当然のことである一方で、記者活動に生活が縛り付けられる側面もある。
 ある時、新聞を手に取ったときは読む前にひと呼吸置くようになった。自分の受け持つ範囲のニュースが載っていたら、場合によってはすぐに取材に行かなければならないかもしれないからだ。極端な表現をすれば、新聞は赤紙にもなり得る。
 ネタによってはすぐに動いて取材の糸口を見つけなければ、後になってネタが大きくなったときに逃してしまう可能性もある。メディアが速報にこだわる理由の一つは、後々の取材をしやすくするためというのもあると、今の活動を通して痛感している。
 絶えず瞬発力が求められる記者活動は、とにかく疲れる。約1年弱、小さい部署の責任者をやって、体力も気力も持って行かれたという気がする。
 でもサークル内で、そういう記者のペーソスを理解している人間がどれくらいいるだろうか。部署によって活動の趣向も濃淡も異なる。必ずしもみんなが同じように、辛さと楽しさの相克を感じているとは、僕にはどうも思えない。
 周囲と価値観を共有できないなら、独りでセンチメンタルになるしかない。それがどうも悔しくて、先日の忘年会で激高してしまった。今も苛立っている。周りに、というよりも、自分に。
 まあでもたぶん僕の思い上がりだ。今は冷静になれないし尾を引きそうだけど、時が解決する種の問題だと思う。人の情けにつかまりながら、折れた情けの枝で死ぬ――。報道なんてそんなもんだ。