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また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

学生記者のやりきれなさ

雑文

インカレの新聞サークルで学生記者をしている。インカレと言ったが、厳密に言えば各大学の新聞部の連合体という感じ。各大学の新聞として発行し、1面と最終面は各大学ローカルの話題を扱い、中面は関西の大学全体のニュースを伝える共通紙面となっている。僕は自分の通う大学ローカルの責任者をやっている。いわゆる「編集長」ってやつだ。

僕の学生記者歴は高校1年から始まり、途中浪人時代の休業期間を含めて5年半ほどになる。 

高校時代は、新聞ではなく映像特集の制作をしていた。とは言っても放送部ではなく、社会問題を調べる部活動。だから扱う話題も、東日本大震災や地方交通など、高校生活とは何ら関係ないものだった。だけど今は大学密着のメディアなので、学内の出来事を中心に取材している。

 

高校時代と最も違うのは、出来事と取材者の関係性だ。かつては興味のあることを掘り下げていくのが中心だったが、今は起きた出来事に反応して動いていくほうがメインになっている。こんなイベントがある、どこそこで運動部が試合をする、今度履修制度が変わるらしい、など日々の話題に服従している感じがする。

仕事は他者の需要に沿って生まれるという。我々マスコミも、読者・視聴者の知る権利に応えるべく取材している、というのが模範解答で別に間違っちゃいない。

でも報道する側は、自分たちの報道が必要とされていると思える機会は少ない。たまに記事がSNSで話題になっていると少し誇らしいが、それでも大半の記事はただ流れるだけだ。徒労感はたまの快哉で釣り合うほど小さくはない。

読者には新聞を読む権利もあるが、便所紙にする権利もある。そこに記者の労力は関係ない。だから新聞は自由主義社会を象徴し得る。

それは分かっている。だから、徒労感くらいでへこたれる自分が、記者業に合っていないのだろうと思う。疲れたせいなのか頭が固くなったせいなのか、もはや進んでやりたいような取材テーマもないのだ。

 

ではなぜ僕は未だに新聞作りを止めないのだろう。

もちろんサークルの仲間との人間関係にほだされる部分もある。業務は辛いがサークルメートとは仲が良い。

でも本当に僕をほだしているのは、他でもなく記者としての欲だと思う。一報が入ったとき一目散に速報原稿を書いている自分がいて、情けなくなる。義務感だけでは説明できない、深層の欲の存在を漠然と感じる。

 

先日、重い話題の取材を担当した。詳しくは触れないが元々臆病で対人関係が苦手なのに、その上ネタがネタである。本当に辛い取材だった。記事の出稿後もしばらくそのことばかり考え続ける日々だった。

生の世界で閉じられない話を、生者が書き、生者が読む。生者の論理で語り、生者の論理で読み、生者の論理で広がっていく。その様が嫌で嫌で、記者になったのを悔やんだ。

 

記者は報われない身の上である。社会を動かす存在として尊敬された時代なんてとうの昔の話。今や疎ましく思われるだけだ。それでも、一報が入れば取材にとりかかってしまう、記事を書いてしまう自分の性癖を恨みつつ、きょうも編集作業に当たる。