また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

泥酔した男の実直さを眺めた話

先日、サークルの旅行で山陰を訪ねた。松江の旅館を拠点に、鳥取・米子・松江・出雲の名所を一通り回る旅だった。しかし、サークルの旅行なんてものはどこに行って何をするかが問題ではない。夜、どんな話をするかこそが学生風情の醍醐味である。

旅館の1階にある畳敷きの宴会場にサークルのメンバー30人ほどが集う。テーブルには酒とソフトドリンクが置かれている。 押し入れから座布団を取り出して雑多に並べ、それぞれが座る。僕は当時、ぎりぎり誕生日前で未成年だったから、ただの炭酸水で参加した。

インカレサークルだから他大学の人間も多い。というより、僕と同じ大学の人間はスケジュールの都合でみな来ていない。で、他大学の同期に、普段は堅い口調で生真面目に仕事をこなす男がいる。そいつがべろんべろんに酔ってるもんだから、周りも面白がっていた。

生真面目らしいというか酔うと己の正義感が現れ始め、政治の話を熱く語り始めた。最近の安倍政権はけしからんとか、民主党の体たらくがどうこうとか、宴会場に居る人間のほとんどが知らないような中国や韓国の政府高官の名前を挙げて東アジア情勢について講釈を述べている。

酔った男が目を垂らせながら己の信条をとうとうと語る姿は可笑しい。僕は彼に「民主党のどんなところが気に食わないの」「じゃあ中国はどういう方向に進むと思うの」と質問攻めにして煽り立てると、彼の陽気にさらなる拍車がかかっていく。さすがに酔っているもんだから論理破綻はしているし、彼自身でも話の展開がわからなくなっている。彼の考え方とは合わないところも多いんだが、それよりも酔った彼のだらしなさ、馬鹿馬鹿しさのほうが面白いからずっと付き合ってやる。幸い僕も政治の話は、ある程度知識もある。普段はやらないけど。

ある程度政治を語りつくした彼は、つかの間のブレイクを経て、また熱く語り出した。といっても今度は政治の話ではない。サークルのある先輩への尊敬の念について話し始めた。「丁寧に、真面目に仕事をこなすでしょう? 取材にしても原稿書くにしても丁寧だよ。ほんとにすごい人だと思う」。後輩の立場で先輩の仕事を云々言うのは失礼に当たりそうなもんだが、まあ酔ってるしいいだろう。確かに、僕も先輩に対しては、仕事ぶり、出で立ちなど、心惹かれるものはあるし、先輩を尊敬している同期は少なくないと思う。

すると別の先輩が面白がって、その先輩を呼び寄せた。べろんべろんに酔っている彼は先輩に向き合い、身を前に乗り出しながら己の思いを語り出す。俯き加減の先輩の顔からは恥じらいや困惑が混じった何とも言えない感情が読み取れる。「いや……そんな尊敬されるようなことはしてないけどなあ」と、いつもの口調で先輩は呟いていた。

酒の力を借りているとはいえ、純粋な男が尊敬している相手に、その尊敬の思いを真っ直ぐに語る姿、その言葉から逃げることも出来ず恥じらいながら聴いている先輩の姿。見ていて心揺さぶられるものがあった。

旅行の数週間前、僕はサークルの新人研修で彼に「取材」している。サークルの業務である取材の練習として、新人同士で互いのことを取材し合う試みである。そのとき彼から受けた印象は、純粋で真面目だということだ。記者志望のには、サークルではあまり見せていないが、どうやらふざけ心が多分にあるらしい。だけど僕のひねくれ精神に由来するような毒のあるふざけ心ではなさそうだ。僕のようなひねくれ者は、彼のような真っ直ぐで愛すべき人間を見ると心の傷がうずいてしまう。

僕だってかつてはジャーナリズムを志し、記者として現場を駆け回る将来を夢見ていた。高校の時に挫折し、予備校時代にそれを受け容れ、将来の夢を白紙にした今でも、不安や寂寥感からは解放されない。だから今でもこうやって報道サークルに入っているのかもしれない。

サークルの性質上、マスコミ関係を志望する仲間の思いを聴くことがあるが、そのたびに僕は夢の前にくずおれた過去を思い出し感傷的になる。そして新たな夢を切り拓くことも出来ずにいる。おそらくこれからも、素直に求め、打ち込めるような夢は持てないだろう。

そんな淋しさを回想しながら、相変わらず呑んだくれて千鳥足どころじゃなくなって諸先輩から窘められている彼を見ていた。彼が素直に夢を見続け、実現できるような状況が続いてほしいと心底思った。