また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

車内の異形の存在と僕

大回り乗車の旅というのをやった。本来、運賃は乗車距離に応じて計算される。しかし、JRの都市近郊区間では、運賃計算の特例として、乗車区間のなかに重複がない限りどのような経路を通っても同じ運賃で目的地まで行くことができるというものがある。「一筆描きならどんな描きかたをしてもいい」、そのルールを使って隣の駅まで行くのに半日かかるような遠回りをする、頓狂な趣味である。細かなルールはあるので、やってみたいというかたは充分調べてから実践してほしい。

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で、その旅で和歌山線に乗った。和歌山から粉河止まりの列車に乗って、粉河で30分ほど待機。次にやってきたのは橋本・桜井経由奈良行きの列車だった。車体には万葉まほろば線の沿線をイメージした絵が描かれている。

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驚いたのは、車内に津波避難はしごが装備されていたことだった。ウィキペディアによれば、この列車は和歌山線万葉まほろば線に加えて和歌山市~和歌山の区間も走っているらしい。なるほど、確かに津波浸水予想区域に入っている。はしごを着けるのはごもっともだ。

とはいっても、この列車は万葉まほろば線デザインのラッピングがなされている。ラッピングは車内にも及んでいる。そんな雰囲気のなかにあって、避難はしごは異形の存在だ。普段、津波とは無縁の生活を送る人々に、はしごの存在はどこか威圧的だ。だから外せといいたいわけではない。ただ、当たり前のように、荒れ狂う海と人々が接する象徴が、内陸文化のなかに肩を入れていることが、僕にとっては驚きなのだ。

そういえば、小学生の頃、サッカーの練習に通うために週3回乗っていた南海本線の列車にも異形の存在があった。「テロ対策特別警戒中」の張り紙だ。色鮮やかにデザインされた広告群のなかで絶大な存在感を示していたそれは、モノクロでゴシック文字だらけの無機質なものだった。普通列車に乗ってはドアの傍らにある「テロ対策特別警戒中」を眺めていた。僕は小学4年の夏に漢字検定2級をとっていたから、文は読めていたと思うが、「特別警戒」が1995年からずっと続いているとか、背景の知識は一切なかったと思う。ただ、その異形さに見惚れていたのだろう。

その後、電車を定期的に使う生活からは離れていたが、去年から電車通学生活に戻っている。でも、「テロ対策特別警戒中」の張り紙を意識したことはなかった。張っていないわけではないと思う。「テロ対策特別警戒中」の意味や背景知識を獲得して、その異形さの角がとれたんだろう。あのときの「テロ対策特別警戒中」にあった魅力はもはやない。

大人になった、のかもしれない。けれど、それは、いま自分が生きている社会がすなわちテロが起こりうる社会だと受け入れた、あるいは受け入れるまではしなくとも、なんとなく理解できたことを意味する。セキュリティの論理が見事に内面化されている。社会に斜めから視線を送っては顰蹙を買ったり孤独感に押し潰されそうになったりしている自負のある僕が、セキュリティの論理を受け入れている。

そもそも「テロ」とはなんだ。一昔前なら、ある思想を背景にもつ集団が鉄道を標的とする事件はゲリラと呼ばれていたはずだ。テロは、それが「テロ」と呼ばれること自体にアイデンティティがある。実態などほとんどない「テロ対策特別警戒中」もまた然り。

元々異形だったものが、内面化され、違和感なく存在している。そのことにプロテストしようという考えも、気力も、体力もない。それどころじゃない。『傘がない』ではないが、そんなことを気にしていては生きていけない。

だからこそ、その内面化されたものが自意識の支配下に現れたときくらい、その異形さを見つめたいのだ。そしてじっくり眺めたあと、また僕はそれを内面化する。これまでとは違う形で。

そんなことを考えながら列車の中で呟いた。「テロ対策特別警戒中」へのあの鋭敏な感覚よ、また暫くのお別れだ。