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また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

僕は《いつか》を待つ

浪人時代。それは崖の上大学合格を目指して猛勉強に励んだ忍耐の1年間……と言えればカッコよかったのだが(いや,カッコよくはないか。まあでも少なくとも体裁は整えられたのだが),実は猛勉強に励んだという自覚は無い。確かに20年弱の短い人生の中ではあるが,勉強に割いた時間は浪人期以上のものはない。現役時代はとても勉強をやってられるような精神状態ではなかった。受験勉強なるものを腰を入れてやったのはそれこそ浪人期の1年弱の間しかない。

とはいえ,18時を過ぎると自習スペースに利用していたファストフード店を出て,それでもそのまま帰宅すると時間が早すぎるから書店で立ち読みをしながら暇をつぶす毎日だった。時には書店ハシゴをすることさえあった。浪人仲間のなかには21時まで予備校の自習室で粘り,帰って夕飯を済ませてからさらに勉強を重ねるなんていう,ワーカホリックならぬスタディアホリックなヤツもいた。そんな人間に囲まれて生きていたもんだから,受験生としての浪人期は大して誇れるようなものでもない。

当時の僕は淋しさを常に感じる日々だった。予備校では友達ができなかった。友達を作らなくてもいい環境だったがゆえに,それで実害はなかったが,しかし淋しかった。いや,淋しかったのは予備校に友達がいなかったからじゃなかっただろうと思う。帰る《地元》が無かったからだ。

***

小学校時代,一緒に登下校し,同じ中学校にあがってからも仲の良かった親友とは,卒業以後,別に仲違いしたわけではないのだが,連絡をとる機会もないまま年賀状をやり取りするだけの関係になっている。彼の家は我が家から数百メートルしか離れていないが,(おそらく)生活圏が異なりすぎて顔を合わせるようなこともない。

もう1人同じような親友がいる。彼は高校時代はさっきの彼と同様,音信不通になっていたが,彼も浪人し,同じ地域にある違う予備校へ通っていて,乗る電車が時々同じになることがあった。車内で中学時代の思い出とか,受験勉強の苦労とか,そんな他愛もない話をしていた。でも,それだけだった。メールしたり,気晴らしにどこかへ一緒に出掛けたりすることはなかった。案の定,今では音信不通である。結局彼が志望大学に合格したかどうかすら僕は知らない。

中学時代,同じサッカー部に所属していた親友とも音信不通だ。彼とは高校1年の時に,彼の信頼を大きく損なう結果になった出来事があった。そのことを彼がどう考えているのかは僕のあずかり知るところではないが,僕は未だその出来事に際して抱えたもやもやを清算して彼と連絡を取る気にはなれない。一方的な罪意識と,併存する彼への失望感は,もう3年半が経ったのにうまく解消できない。彼とは年賀状すらやり取りしていない。

高校時代,ある時期まで心から親友と思えた彼とは今でも交流がある。同じ報道部に所属し,高2の時は彼が企画し,僕がディレクションした特集で賞を獲った。今見ると編集や取材に拙さがあるが,それでもあのときの取材はほんとうに楽しかった。しかし,その後僕が報道部の活動に対する自信を失い,精神状態が不安定になっていたころ,彼とひと悶着(というほどのものでもない)があり,僕は彼から少し距離を置いた。彼へのルサンチマン,憧れ,罪意識,忌避,さまざまな感情をコントロールすることが経験不足ゆえにできなかった。もうあれから2年が経ち,かつてほどの負の感情は無いが,しかしかつてほどの親しさを取り戻すこともなく,微妙な距離感を保ったままいまも友人関係は続いている。

***

振り返ると僕は何でも話せる友人との関係を悉く冷ましてきたのがわかる。何でも話せる友人には,《地元》のような安心感を抱くものだが,そういう意味で《地元》を僕は持てていない。幸い,高校時代のひと悶着のときに,僕と彼の周囲の助けを借りながら一種の錯乱状態を脱した経緯もあり,信頼できる友人は確かにいる。だけど,そういう経緯で親密さが増したこともあって,《地元》とは少し違うような感じがする。つまり,どこかで彼を直接にも間接にも媒介にした関係だからだ。

無条件に帰れる《地元》が僕にはなかった。僕はひとりで勝手に孤独を感じていた。

予備校のあるところは繁華街にほど近いところで,地下鉄の通路では人がひっきりなしに往来していた。そんなとき頭の中を流れていたのは山下達郎『いつか(SOMEDAY)』だった。作詞は吉田美奈子だ。
淋しげに夜の街一人きり歩けば
本当の悲しみを知っている人に会う
二度と会えない素直な愛に
さよならをする人など居ない
「素直な愛」という言葉が,一人の女性を思い起こさせる。僕が報道部の活動に自信を失ったとき,すがりついた高校の同期だった。結局,彼女への恋心は成就しなかった。だけれど,彼女は僕をしっかりと見つめていた。だから,彼女と僕は付き合わなかった。彼女と僕はお互いに,「素直な愛」を優しさのベールで括弧に入れるしかなかった。

***

先日,その彼女と会った。

他愛もない話から始まり,終盤には2人の関係性について話すという,お決まりの流れだった。未だに2人は,優しいが故に愛を素直に語り,受け取ることができないでいる。もどかしい,しかし,今はこれしかない,という距離感の中で,言葉と,言葉にならないものが交錯する。それが僕には楽しくもあり,辛くもある。

彼女が僕の《地元》だったら,僕が彼女の《地元》だったら,どんなに豊かな青春だったんだろう。そんなことを思いながら,僕は電車から彼女が降りるのを見送った。

「これでいいんだ,いや,これがいいんだ」

自分に言い聞かせた言葉を噛みしめながら,車窓の夕空を見つめる。いつか僕にも《地元》はできるんだろうかという不安と,しかしこれまでの自分の中のパラダイムを抜け出していく必要があるという焦燥感の狭間で僕は,涙が出ないのを知っているのに泣きたくなった。
だけどいつまでも顔を曇らせ
つらい日を送ることはない
SOMEDAY 一人じゃなくなり
SOMEDAY 何かが見つかる
来たるべき《いつか》を待とう。そう心に決めて,僕はすっかり陽が落ちた駅に降りた。