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また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

読書録 2015年3月

2015年3月に読んだ本を記録しておきます。


「テレビが伝えない」っていうタイトルでちょっと身構えますが,ここでの「テレビが伝えない」は「テレビはこういうことを伝えるのには向いていない」というだけの話です。そういう性質の媒体じゃないということで,確かに言論空間って今(も昔も)テレビにはないかも。
さて,憲法そのものの性格や日本国憲法の解説が本書の内容ですが,解説自体はわかりやすいです。文章自体は超絶上手いとは言えませんけれど,文章を書くのを楽しんでいるのが伝わってきますね。実際は苦しみながら書いたところもあるようですが。
本書を読むと,巷の憲法論議が右左関係なく的外れであることが多いことがわかります。つまり,特に憲法9条は別に特別なことを書いているわけではない,国際法で決まっていることをそのまま書き写したようなもの,ということです。で,本書の面白いところは,憲法そのものの性質が冒頭に3つ記されていて,その中に対外的な宣言の性格を位置付けています。つまり憲法は(そういう目的でなくとも)対外的にその国の性格を宣言する性質を持つということです。で,憲法9条に何かしら手を加える,特に右の人たちが主張するような変え方をすれば,それは「国際法に文句をつける」という宣言になるよと警告しているわけです。これは非常にわかりやすい。
まあこのあたりの政治的に微妙な話だけではなくて,非嫡出子の相続分を減らす民法の規定を違憲とする判決が出るまでの憲法学上の論議の流れなんかは,憲法学の実際を垣間見ることが出来てスリリングでした。
(2015.03.04読了,★★★☆☆)


入試の過去問で抜粋された書で,その部分が面白かったので買ってみたんですが,その部分以外は難しくてほとんど頭に内容入りませんでした。
生活世界をも含むほどの広がりで戦争が世界化することで,征服すべき外部を失った人類は初めて有限な世界の人類としての自覚を持った。そのときにはすでに,核兵器の出現によって,何かの目的のために主体として戦争があるのではなく,戦争によって世界は定義づけられるようになった……。というところまでは理解しましたけど……。
(2015.03.07読了,★★★☆☆)


出版業界のしくみやこれまでの在り方を振り返って,現在の「読書離れ」の実態を詳らかにしています。結論を言えば「読書離れ」は実態に沿わない表現で「出版不況」であり「雑誌離れ」であり「書店離れ」なんだろうと。複合的な様々な要因が絡んでいまの出版不況が起きているのに,それを「読書離れ」という簡単な理屈にもっていこうとするのは,出版業界すべてが「本」や「読者」を見ることが出来ていないから,と筆者は語ります。
確かに,ブックオフに足しげく通うのは新刊や話題書を買うためではないし,データによれば今も昔も出版業界は「活字」頼りではなかった。かなり納得しながら読み進めました。
(2015.03.14読了,★★★☆☆)


日本における「コミュニケーション能力」っていうのはかなり手垢のついた言葉で,その手垢のせいで僕は結構嫌ってるんですが,手垢がいったい何で,それらを廃して体系知として習得していくべきコミュニケーション能力とは何かを説いています。まずは言語や話し言葉を自明のものとする思い込みを捨てて,自らが使う言葉に対して向かい合う意識をもつことが重要でそのためには演劇が有用であるという話。あと,「話さない」ということも表現の一つというのには,実は当たり前なんだけど気づかなかったなあという思いです。
(2015.03.16読了,★★★☆☆)


自分のアンドロイドを作っちゃった阪大基礎工の名物教授の,ロボット学研究について平易にまとめられた書です。テクニカルな部分はほとんどありませんので,文系でも全然読めます。
できるだけ最低限の要素で人間らしさを実現するにはどうすればよいか,という考え方は思いつきませんでしたね。人間って複雑性の権化みたいなもので,ヒューマノイドを作る以上は精緻に作らないといけないと思ってましたから。もちろん石黒さんも,最初は精緻に作るんですがそこから不必要なものを削っていくという作業をしています。
印象に残ったのは,アンドロイドのモデルとなった女性との対話の様子。体の形をとるためにMRI画像を撮るんですが,自分さえ知らない内臓の様子など明らかにプライバシーの要素が多いMRI画像より,ただ皮膚しか映っていない全裸画像の方が人間は恥ずかしく感じるというのは,言われてみれば確かに興味深い話。ロボット研究を通して「人間とは何か」という問いがつきつけられます。
(2015.03.28読了,★★★☆☆)