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また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

浪人生活を振り返る

雑文
おととい,崖の上大学の経済学部に無事合格しました。実際に大学まで足を運んで番号を確認しましたよ。去年はインターネットでの確認で済ませたんですが,やはり合格すると実際に見に行った方が喜びもひとしおですね。小心者なので友達についてきてもらっていましたが,番号を見つけた瞬間,固い握手を交わしましたね。受験の思い出にしては割とよくできたほうのものになりました。

改めて結果を申しておきますと,まず去年が
  • 国公立前期=崖の上大学……不合格
  • 国公立後期=電車止まりすぎ大学……不合格
でした(いずれも経済学部)。そして今年は
  • 私立=阪急ぼろ儲け大学・鴨川等間隔法則がなんぼのもんじゃい大学……合格
  • 国公立前期=崖の上大学……合格
  • 国公立後期=電車止まりすぎ大学……前期手続きによる受験資格喪失
ということになりました(同)。もちろん崖の上大学に入学します。

そんなこんなで無事に終わった浪人生活をきょうは振り返ってみたいと思います。

 そこそこ真面目な1学期 

3月半ばにあの予備校に入りました。4月の初めには学力診断がありまして,そこそこの成績を出したと思います。すぐに最初の面談がありまして,担任の方と,高校時代はろくに勉強をしていなかったことや,本格的に受験勉強をやり始めたのは高3の11月くらいだったということなどを話しました。その割にはセンター試験の成績もひどく悪いというわけではなかったので(崖の上大学のボーダーラインには全く及びませんでしたが),「よく短い期間でそれだけ積み上げたね」とおっしゃっていただいたのを覚えています。

1学期は基礎固めのカリキュラム,というわけで英語は文型とか自動詞・他動詞の区別なんかから始まります。高校時代まったく塾・予備校に通っていなかったので,これほど体系立てられたカリキュラムは未経験。さすが大手だなあと思いながら割とそつなくカリキュラムをこなしていったと思います。

そうこうしている間に4月中には第1回のマーク模試。早杉ンゴwwと思いながらもなかなか緊張した記憶あります。なにせ後がない浪人ですから,現役生に負けてはいられません。のちに結果が返ってきますが,やはり日本史がネックだということを再確認することとなります。

記述模試も終えると少しだらけてきます。これは怠惰な性格な僕にはよくある話。高校時代はすべてのテストを一夜漬けでやってたくらですからね。

そうは言いつつ,予備校側の口調も上手いというか,「8月の第2回のマークで何割とらないと正直厳しいですよ」「浪人は現役のように最後まで伸びるということはほぼありません」と追い立ててきます。ああこわいこわい。そんなわけで7月に入るとまた勉強に力が入ってきます。ちょうど授業が7月上旬でいったん終わるので,ここは自分との闘い。勝ったり負けたりしながらも,このあたりは予備校の自習室(個別席タイプ)をよく利用して勉強していました。クーラーが効きすぎて多少寒かった記憶があります。

 だれる2学期 

追い上げた勉強の成果もあって,マーク・記述ともに成績はよかったです。ちょうどこのころ,滑り止めの私大で選択する社会の科目を政経に定めました。やっぱり日本史は私大の領域まで勉強する余裕がなさそうと判断しました。

問題はここからで,良い成績をみると安心してだれるのが僕の癖。2学期はとにかくだれます。

考えることと言えばいかに早く自習室を出るか。とはいっても早く帰るのもよくないので,どこでひまつぶししようかとかそんなことしか考えてません。このころは本当に毎日図書館やら書店やらに通いました。立ち読みで1冊読む体力はさすがにもうないんですが,新書コーナーをほっつき回っては時間がたつのを待つみたいなことを毎日やってましたね。

そんな「だれ」も10月後半になってくると焦りだします。センタープレテストが近づいてくるからです。第3回のマークで少し成績を下げたので,プレで挽回しないことには気が持たないという状況。今から考えればかなり成績的にはリードしていたようですが,本人はリードの実感がないのでこういうときは不安になります。クラスに友達でもいれば実感できたのかもしれませんね。

 そしてさらにだれる直前 

というわけでまたしても追い上げの甲斐あって,プレテストの結果は存外良いものとなります。そこで安心して手を抜く癖はここでも発動。2学期の授業終了のタイミングとも重なり,実戦形式が増える中で目新しいことは出てこず,やる気は出ません。

そんな中でも馬鹿みたいに問題集を繰り返ししていたのが日本史でした。

過去10年くらいのセンター過去問を分野ごとに並べてあるこの問題集が重宝しました。実際はこれより前の年度の版を使っていますが,5~6周はしたんじゃないでしょうか。これを繰り返しやっているとそのうちに,出来た気になってきます。実際は模試を受けても別に飛躍的に成績が伸びているわけではないんですが,それでもできた気になるということが意外に重要です。

そんなこんなでだれたやる気を取り戻せないまま,センター試験本番を迎えます。

 ハプニング交じりのセンター試験 

去年は浪人・現役一緒の教室で受けたセンター試験ですが,今年は課程の変わり目ということもあって,同じ教室で受けたのは浪人だけでした。私服姿ばかりが,しかも男ばかりが並ぶ風景は一種異様な感じ。みんな緊張していますし,重い空気が流れます。

そうした空気は受験生だけでなく試験官をもビビらせます。ハプニングが相次ぎました。

まず,指示を受けて受験票と写真票を受験生自身で切り離し,写真票のみを試験官が回収するという手続きがあるのですが,切り離しの指示を忘れてさらに切り離さないまま受験票ごと回収しだすという事態がありました。

次に,国語の試験のときに試験開始前に解答用紙に名前を書かせる手順があるんですがこれを忘れて開始の待機に入りだすという事態。これは僕が指摘してなんとか開始前に名前を書くことが出来ました。一緒の会場にいた受験生諸君,僕に感謝したまえよ。国語は特に時間がない教科の一つなんだから。試験官もしっかりしていただかないと困るぞほんと。

さらに追い打ちをかけるような事態が。これは試験官は悪くないのですが,理科の時間に突然受験生がお茶を飲みだすというハプニングが。試験官はあわてて指差しで注意。試験中なのでしゃべることはありませんでした。しかし手引きには「不正行為にはカードで注意」とあったので,カードをみるチャンスだったのですが残念でした。

ハプニングはセンター試験にとどまりません。滑り止めの私大受験でもありました。これはモノホンのハプニングです。なんと英語の試験中に地震が起きました。徳島で震度5の揺れだったということですが,会場の和歌山でも震度2でした。机や照明が揺れまして驚きました。長文を読んでいる最中の地震来襲は受験生のメンタルを突き崩すには充分すぎます。なんて年なんだ今年は。

 そして最後までだれる 

あんだけ直前だれてはいたものの,努力の甲斐あってなんとかセンターはボーダーを大きく超える点数を獲得。特に日本史は自己採点で97点という点数をたたき出しました。自分がいちばん驚きましたね。こんな点数とったことないので。

それに安心しきってしまい,やっぱりだれてしまいます。2次試験前日まで結局大して勉強には身が入らず当日を迎えます。

当日は特にハプニングはありませんでした。まあ試験問題自体は僕にとってハプニングでしたが,ここで書くのはやめておきましょう。合格したんだから。

 合格の秘訣は「遊ぶ」 

さて,こんな感じで,めちゃくちゃ真面目でもなく,かといって放蕩というわけでもなかった僕の浪人生活ですが,そんな僕の合格の決め手はやはり「遊ぶ」ことだったと本気で思います。

もちろん勉強もそれなりにやってはいるんですが,浪人だから○○を我慢ということは全くしませんでした。通学の車内では単語帳を開かずに読書していましたし,夏には山下達郎さんのライブにも行きました。休日には友人と長時間喋り,出かけることもありました。その中で,高校時代には多忙のあまりにできなかったような内省も深められました。我慢せずにほんとうによかったと思っています。

今回の入試で不本意な結果に終わった現役生もいると思います。または新高3でこれから受験生というかたもいるでしょう。ぜひ,受験で1年を文字通りつぶすということがないように,我慢せず楽しみながら受験生生活を乗り切ってほしいと思います。なんとかなるものはなんとかなります。