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また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

ホワイトデーでもないのにWHITEの話

雑文
山下達郎の曲に「THE GIRL IN WHITE」という曲がある。英語力に乏しいくせに飛躍で物事を考えるのが大好きな僕は,途中聞こえる「winter」の一言だけで勝手に雪景色の中の女性を想像していたのだが,最近ちゃんと歌詞を読んでみたら,どうやら違うらしい。「summer」もしっかり入っているから驚いた。この辺で薄々気づいてはいるのだが,ちゃんとWeblio先生で「in white」を検索してみると「白装束の」と出てきた。これだから飛躍屋はだめなんだ。

で,この歌は要は白い服着たその女に惚れたぜって歌なんだけど,僕には人物を外見で説明する習慣があんまりないということに気づいた。それは,説明する語彙が致命的なレベルで僕に欠けているからに他ならない。

そりゃ,白い服を着た20代くらいの女性,みたいな説明はできますよ。だけど,「髪型は?」とか聴かれても「黒い」「長い」くらいしか言えない。先日,高校の後輩と話す機会があって,後輩が僕の見当のつかない先生の話をし出したので,先生の外見の説明を求めたところ「髪型がボブで」とか言い出しやがったからてんてこまい。ボブといえば僕の中ではサップなのである。それ以外にボブを使う機会は英語の試験のみである。小柄な女性教師をボブサップ扱いするとは非礼だと,後輩をきっちり叱ってやった(嘘)。

服の種類の名前もあんまりピンときていない。下着以外で下半身に穿くものを表す語彙はズボンか短パンかスカート。それくらいの認識しかない。チノパンとか言われても意味が分からない。

そんな感じだから,当然服に対する頓着はほぼゼロである。さすがにこの年になったから,小学生が着るような服は着ないことにしているが,もしかしたら中学生が着るような服は着てしまっているかもしれない。自分で服を買ったことはないし,おそらく自分で調達する機会はありそうにない。

そんな僕だが,たまにいる「服なんか着れればなんでもいい,お洒落なんかする必要などない」みたいなことを言う原理主義者ではない。かつてはそういうことを思ったときもあったのだが,今はお洒落な服を着るに越したことはないと思い直している。

やはり,ちゃんとした服を着るということは,一緒にいる人への気遣いなのだろう。誰かと席を同じくしたり,共に出掛けたりするときに,その人に恥ずかしい思いをさせないという心遣いをしようと思うと,変な物言いは避けるし,食事のマナーには気をつける。服もその一部なんだろう。そういうことに気づいてからは,お洒落に自らをコーディネートできる人を尊敬できるようになった。

しかし怠惰な性格は大きく幅を利かせ続ける。お洒落できるに越したことはないけど,審美眼がないんだもの。できないものはできないとふんぞり返ってしまうのが僕の欠点。最低限恥ずかしくないような服でさえあれば満足するし,大体僕がお洒落するような人間でないことは周りも織り込みずみだということにして,結局服屋さんに出かけることもない。そりゃモテないわ。

こんな調子で夏にはハタチを迎えてしまうのか・・・・・・。と,ダメ人間道をこれからも精進してしまいそうな我が身の将来をそこそこ憂う,バレンタイン明けの日々である。チョコは一切貰えなかったのは言うまでもない。ぐぬぬ