読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

また夢ンなるといけねえ

しがない男子大学生。新聞サークルの記者をしている。堺、六甲、西中島南方が生活の拠点。

マスコミ報道について考えさせられた昔の出来事

昔のことです,といっても2年前の話です。僕にはもう,遠い昔のことのように思えますが,報道部の思い出を。なお,あくまで思い出話として書くことですので,具体的な固有名詞などは伏せます。ご了承ください。

 「歴史ある地名を残そう」 

それは2013年,年が明けてしばらくしたころでした。報道部では6月に開催される文化祭に向けての取材をどうするかの話し合いをしていました。このとき,大テーマを「地名」とし,オムニバスドキュメンタリーのような形で3件ほどの映像特集を作ることにしていました。2つの小テーマは決まり,あと1つをどうするかというところで,同期の部長が案を出しました。それは関西のある町の合併問題でした。

数年前,「平成の大合併」の流れの中で,関西のある町と市,ここではA町とB市としておきますが,この2市町が「対等・新設合併」して新・B市になりました。しかしA町では反対運動が盛んに行われ,合併直前の半年間に町長と議会がリコールされて選挙が行われ,町長と議会多数派を合併反対派が占め合併5日前には議会で合併停止決議が可決される異例の展開を見せていました。この決議に効力はなく,結局合併されましたが,A町の町域には地域自治区が設定されて一部の施策について独自の決定ができるようになりました。

地理に詳しい部長がこの話を持ってきたのは,その合併反対派の反対理由が「歴史あるAという地名を残そう」というものだったから,ということでした。まさに「地名」の大テーマに合致しています。渉外担当だった僕は,地域自治区の事務所にコンタクトを取り,インタビュー取材の承諾を取り付けました。

 「いや,地名の問題はそんなに……」 

3月中旬,A町地域自治区事務所(旧・A町役場)に赴きました。インタビューに応じて頂いたのは地域自治区事務所の職員で,合併前はA町の職員だった方です。もちろん事前に大まかな取材内容のレジュメは送っているので,その流れに従って部長がインタビューを始めました。しかし,職員の方の第一声は驚くものでした。

いわく,「確かに地名がどうこうという話はあったんですが,最初の方は地名を理由にした運動はありませんでした」と。 

ん?? 話が違うぞ,部長よ! 話を聞いてみると,A町民が合併に対して不安に感じていたことの第一は,税の使い道に関する話でした。もっともわかりやすい例としてお話頂いたのは下水道の例です。当時,A町とB市では下水道の普及率に大きな差がありました。A町は,町域も狭く,また町民が比較的密集して居住していることから,普及率は9割を超えていました。しかしB市では,市域も広く,集落も散在していて,地形の問題などもあり普及率は3分の2程度に留まっていました。こうしたインフラ設備の格差があることから,A町由来の税収入がB市の施策ばかりにつぎ込まれるのではないかという不安が町民にはありました。

そっちのほうが断然反対理由としては説得力もあるし,地名の話だけで住民があれだけの反対運動を展開するかどうかを考えると,確かにおかしいなあ……。しかし,我々も別におふざけで報道部の活動をやっているわけではありません。インタビューの前には,図書館で当時の新聞をコピーして,ちゃんとスクラップしていました。当時の各紙の記事では,やはり地名の問題が大きく取り上げられています。いったいこれはどういうことなんだ……?

 「これは自治の問題」 

年度が替わり,奇跡的に新入部員も入部。存続が危ぶまれていた報道部は何とか延命できることとなり,文化祭に向けての準備も安心して本格化していきました。報道部の文化祭前の取材は,春休みとゴールデンウィークというのが相場です。春休みの各方面の取材からしばらく時間が空きましたが,後半の取材を進めることとなりました。

このA町の問題も2回目のインタビューを行うことに。今度は,当時反対運動を展開していた団体の方に答えて頂くことになりました。県道沿いに簡単に設けられた小屋が団体の事務所。う~ん,これぞ市民運動! 車の走行音がマイクに入るのを気にしながら,それでも団体の方の熱意あふれるお話が面白かったです。

やはり最初にうかがったのは,合併反対の理由について。団体の方もやはり「地名は二番目で,一番は行政の問題」ということでした。その方は下水道だけでなく,それまでA町で行われていた様々な福祉施策が打ち切られたりサービスとして悪化したりといった状況を挙げていました。なによりも,合併によって市役所がB市に映ったことで,住民と行政の距離感が遠くなった実感をおっしゃっていましたし,「これは地元の人間が地元のことを決めるという自治の問題」と強調されていたのが印象的です。地名については「別に自治体の名前から外れるだけで,地名が消えるわけではないから,やっぱり二の次」と話していました。

 ではなぜ地名の問題に? 

となるとやはり不思議なのは,なぜ当時の報道は地名に集中したのかということです。問いをぶつけてみると,団体の方はこう推測していました。「町民もAの地名には愛着がある。だから地名を外すのがいやですかと聞かれたら当然みんないやだと答えると思う」。確かに,そこは間違っていないと思います。実際,当時の記事を見てみると,新市名に対するアンケートも行われており,やはりAの地名が自治体名から外される事には反対する人が多かったようです。しかし,だから合併に反対する理由にはになりません。すると団体の方はおっしゃいました。「多分,地名の話にした方が分かりやすいんだと思う」。うむ,納得です。記事にしやすいですし,様々な情報の中で「地名」というトピックがあれば,僕たちが飛びついたように,おそらくマスコミ記者も同様にそこに飛びついたんだと思います。

団体の方は,「国主導で進めた平成の大合併政策を批判することはマスコミにはできなかったんじゃないか」ともおっしゃっていましたが,僕にはそれより,やはり,記事にしやすさと単なる認識不足だったのではないかという気がします。A町もB市も決して関西で存在感が大きい市町とは言えません。おそらく地元に駐在している記者はいないでしょうし,情報自体も受動的にはあまり入ってこないでしょう。そしてマスコミ報道は,決して間違ったことは言っていません。僕には,マスコミは,自治の問題としての側面を意図的に隠したというよりは,単に気づかなかったか,わかりやすい「地名」の問題の方に走ったか,だと思えますが,甘い考えでしょうか。


僕はマスゴミ論者ではありません。マスコミには確かに不満も多くありますが,それでも一定の仕事をしていると思います。それだけに,僕たちはこの取材で,マスコミ報道の「雑さ」という問題を突き付けられることになりました。実は,今回の「地名」取材の3つの小テーマのうち,この合併問題を含め2つの小テーマが,図らずもマスコミ報道の在り方を問うものになってしまいました。非常に良い経験になりましたが,どこか淋しい思いをしたのも事実です。

安易にマスコミを批判しようとは思いませんし,したくもありません。そうした苦さを実感することになった,2年前の思い出でした。